メノウの本二冊

メノウに関する新刊が二冊刊行された。
ひとつは昨年来から出る出ると言われ続けて延び延びになっていたスコットランドの瑪瑙の本だ。『石の卵』で世話になったDavid AndersonとNick Crawfordの共著で、スコットランドのメノウに関しては決定版といえる本になっている。標本の質も、写真のクオリティーも高いし、スコットランドの地学的歴史、現在の地形・産地の情報など、精細なイラストとともに詳しく書かれている。
スコットランドのメノウは以前に比べれば手に入りやすくなったが、コレクターが地主に許可を得て掘っている場所がほとんどなので、なかなか売り物として並ぶことがない。狭いエリアだが、バリエーションは豊富だ。繊細な美しさがある。


Scottish Agates

Scottish Agates

もう一冊はミシガン州のGitche Gumee博物館のオーナー、Karen A. BrzysによるAgates Inside Outという本だ。こちらはテキストと写真が半々くらいの本で、メノウの様々な形態と産地に関して詳しく紹介している。まだ、そもそもメノウとは何かというイントロ部分しか読んでいないが、とても平易な英語で読みやすい。
彼女は鉱物のエキスパートではなく、いわゆるハイ・アマチュアのような人なのだが、それにしては地球の誕生にまで遡って大変な量の文章を書いている。渾身の作ではないだろうか。
子どもの頃から石好きで、地元の小さな鉱物の博物館であるGitche Gumee博物館に入り浸っていたという。就職して地元を離れ、再び戻ってきて、後継者を捜していた同博物館を買い取ったのだそうだ。


Agates Inside Out

Agates Inside Out

東京ミネラルショー

恒例のショーに行ってきた。複数のロシアのディーラーがレインボー・パイライトが入ったノジュールを売っている。魅力的だが、ずいぶん値段が高いので我慢して通り過ぎる。

佐藤金三郎さんの店で津軽の瑪瑙と錦石を買っていると、後ろから声をかけてくる白人男性が。「もしかして、あなたは瑪瑙のコレクターでは?」という。えっ? 俺って、そんなに顔に瑪瑙的(?)な相でも出てるの?と面食らっていると、あんたはヨハン・ゼンツ氏の本『Agate II』に出てるだろ、私も出てるんだと。傍に日本人の若い奥様がいて、ピンときた。以前トム・レーンから話を聞いたことのある瑪瑙のコレクター、デイヴ・ヒグネット氏だった。それにしてもよくまあ顔がわかるもんだ....と大いに感心。昨年もショーに来て、北海道の枝幸産のプルーム・アゲートを買ったという。
彼と会うのも初めてだし、間接的にコンタクトしたこともないのだが、アメリカの瑪瑙好きの中では有名な人なのだ。
話を聞くと、私が持っている瑪瑙のいくつかは彼が二、三十年前に採取したものらしい。石は旅をするのだ。ミシガン州の瑪瑙コレクター、マーク・ボッシュから買ったスコットランドの瑪瑙のもう半分が、数年後にスコットランドの瑪瑙コレクターロビン・フィールドから届いたことがある。彼が採取した瑪瑙で、昔半分を売ったのだが、彼はマークは知らないという。「何人の人の手に渡ったかわからないが、半分に切って手放した石が、長年はるばる世界を旅してあんたの所で再び出会うとは、二つは求め合っていたのか、なんと神秘的な!」と、彼は喜んでいたが、それだけ世界に瑪瑙コレクターは少ない、ということかもしれない。どこか村社会的な狭さがあるのだ。

最近は不景気なのであまり石を買わないように自重していたが、最近ebayでチェコのセプタリアを売っているオランダ人がいたので、いくつか購入した。このセプタリアは画像は見たことがあったのだが、ネット上で売っている人がいなかった。なかなか面白いのだが、いかんせん大きく、重い。驚いたことにコーヒー豆か何か運ぶような大きな木箱に入って、フタが釘で閉じられていた。真ん丸の方は、どこかアタナシウス・キルヒャーが描いた地球の断面のようなのだ。



開場して間もなく、「会場に窃盗グループが入ったという情報が」というアナウンスが流れた。こんなのは初めてだ。確かに、100万円を超えるアンモライトなど無造作に置いてあって、こんなに警備の緩い場所はないかもしれない。アンモライトは割っても宝飾用原石として価値が高いから、足がつきにくいかもしれない。

三葉虫の標本の写真を見つつ、真贋を評価している人がいて、しばし傍らで聞き入ってしまった。「この標本は全体にクリーニングの技術が低いですね。それに対して、このトゲの部分だけが不自然に鋭い。間違いなく後からトゲをつけた偽物でしょう」というような淡々とした評価が説得力あるもので、面白かった。化石は詳しくないが、ネット上にはおかしな石がたくさんある。特に中国の業者が売るものの中にはかなり怪しいものがある。昨年はブドウの房のような形状の玉髄の標本がたくさん出回っていたが、ほとんどが明らかに人工的につくられたものだった。瑪瑙を削り出すのはかなり大変な手間だと思うが、こんな価格で労賃に合うのかと、変なことが気になってしまった。今ebayで出品されているこの中国産の菊花石なども、あまりに稚拙な偽物で笑ってしまう。

蛭は寝たかな

年末進行の忙しさがちょっと一息ついたので、夏にヤマビルに追われた群馬の山に行く。
家族を誘うも、「行ってらっしゃーい」とのこと。娘はよほど蛭が恐ろしかったようで、絶対に、二度と、何があっても行かないと。私もかなり恐かったので、わからないでもないが、短い時間で沢で拾ったサンダーエッグがなかなかよかったので、どうしてももう一度行ってみたかった。
12月ともなればヤマビルは休眠しているはずなのだが、いかんせん不安だ。できれば忌避剤を持って行きたかったが、仕事の間隙を縫って急きょ行ったため、用意する時間がなかった。なんでも「ひるさがりのジョニー」という、アホな名前の忌避剤がいいらしいんだが。

山道の入り口で車を止め、作業ツナギを来て、さらに上にカッパを着る。長靴とツナギ、軍手と袖口、襟口を全てガムテープで塞ぎ、「ヒルの野郎、これで入れるもんなら入ってみろよ!」と出発するが、いかんせん一人なので誰も笑ってくれない。

結局、装備は過剰だったようで、あれほどたくさんいたヒルはひとつも見かけなかった。沢を俎上し、最後に山肌の急斜面をジリジリと登りつつ流紋岩の球顆を拾ったが、これを下ろすのが大変だった。昨年津軽に行ったとき、「石集めは体に悪いから気をつけてね」と、ベテランの錦石ハンターさんに言われたことが腑に落ちる一日だった。

下に降りて共同湯につかる。受付のおばさんと話したところでは、11月以降はヒルはほとんど出ないようだ。それより熊が恐いと。もう冬眠していると思っていたが、まだ微妙な時期らしい。

サンダーエッグはオパールと瑪瑙が混じったものだが、母岩に比べると小さく、亀裂も多い。母岩の流紋岩は粗く、モヤモヤした模様のもので、オレゴン州ラッキーストライクマインのものなどに似ている。なんとなく全体に煩雑なかんじだ。





越後行き

20年前の出版社時代の後輩で、大学で歴史地理の教授になった田中達也氏から初の単著の装丁をして欲しいとの依頼があった。大して役にも立たなかった先輩を気にしてくれたことも嬉しく、また、研究のテーマが新潟県関川村の近くであり、さらにそのすぐ東にはこの夏アブに追われてメノウ採取を断念した小国の沢があるという、偶然とは思えない巡り合わせで、装丁の素材写真を撮りに二人で出かけた。
村上市内には鎌倉時代の記録に残っている古い集落があり、田中氏は20年余にわたって調査をしている。
地域を一望する写真を撮りに平林城跡の山に登った。春先に足を怪我してからあまり歩いていなかったこともあり、ちょっとした登りでもしんどいことに改めて驚き、大いに落胆。なんとかせねば。


関川村は、ワラで編んだ猫のねぐら、「猫ちぐら」を作っている里として知られている。今年、猫ちぐらを軸にこの村の暮らしを紹介した写真集『しあわせ猫ちぐら』のデザインをした。清真美さんの撮り下ろしで、地元の方言と写真を合わせた、実に愛すべき本なのだ。


小国は、球顆流紋岩の中にメノウやオパールが入っているサンダーエッグが採れる沢があるというので、この夏娘と採取に行ったのだが、川岸に降りて数分で、アブに追われつつ逃げ帰った。
今回数ヶ所で探石したが、メノウはあまり多くない。小さな穴がたくさん開いた流紋岩は多くあり、穴はほとんど空洞なのだが、中には球顆が入っていて、中にメノウが詰まっているものもある。
大きなサンダーエッグの欠けたものがあった。一抱えほどもある。欠けていなければ、立派な標本だったのだが。近所のガソリンスタンドで、「このへんは熊は出ます?」と聞いたところ、「出ます出ます。こないだもこの近所で干し柿を食べに来たのがいるし、道で車にはねられた熊もいましたから」と。沢に降りる道の端になんだか怪しい糞もあり。


ブックデザインの講義・桂川潤さんの本

美術学校でのブックデザインの講義も無事(?)終わる。制作課題は迷った末、タイポグラフィーだけで山中恒の『ぼくがぼくであること』のカバー表のみのデザイン、最終の課題は漱石の『夢十夜』の装丁を、ジャケット、表紙、見返し、扉、帯と、フルで作ってもらった。『夢十夜』は、紙の選定も意識的で、いずれも力作揃いだった。私も同じ年代に出版社で装丁の仕事を始めていたが、その頃同じ課題を出されたら、こうはいかなかっただろうな、と大いに感心した。

電子出版元年と言われる状況でもあるし、始めに本の歴史をざっと辿ってみようと、3時間ほどの講義を行った。中世の装飾写本、グーテンベルク聖書のスライド、見返しや小口にもマーブリングを施した19世紀の本の実物などを見せつつ造本の歴史について話した。
授業のために、かつてポプラ社が出していた明治文学の復刻本を数冊購入した。ポプラ社の復刻本は、北原白秋の『トンボの眼玉』など、児童文学は数冊持っていたが、今回漱石を五冊、永井荷風の『珊瑚集』を買う。『吾が輩は猫である』が天金でアンカットという珍しい仕様だったことを初めて知った。『猫』三巻本は、ジャケットのデザインは単色刷りで、デザインはそれぞれなのだが、表紙は赤いインクと金箔で統一されていて、実に洒落ている。特に下巻の表紙がいい。

講義でも学生に紹介したが、自宅のご近所でもある装丁家桂川潤さんが最近出された装丁に関する本、『本は物(モノ)である』は、書籍の歴史において大きな転換期にある今、非常にタイムリーで、多くを考えさせられる本だ。
全編、タイトル通り本という「物」、本に携わる人々への愛情に溢れつつも、産業としての出版の現状に対する冷静な視線を欠かさず、さらにキリスト教関連の研究者という経歴ならではといえる深い「書物ー身体」論、本ができるまでの工程の解説、印刷・製本の現場のリポートと、本にまつわる様々な局面を一人で、一冊にまとめたものとして、これまでどんな編集者、作家、装丁家にも書けなかったものになっている。田村義也氏を始めとする、編集者、作家、装丁家との交流も、物語性溢れる大変読みごたえのあるものだった。本に関わる仕事をされる方々に是非是非お勧めしたい。

本は物である―装丁という仕事

本は物である―装丁という仕事

真夏の探石はやはり辛い

山形の沢でアブに追われてから、夏の沢はちょっと無理だなと思っていたのだが、アブよけの薬があると知り、キャンプ用品店へ。ハッカ油が効くのだそうだ。じゃあ、試してみるか、ということで、山形に行った次の週末、南会津と只見にメノウ探しに家族で出かけた。南会津郡伊南村の小滝川は多々石という名前で、メノウが採れると複数の資料に書いてあったので、いずれ行ってみたいと思っていた。しかも名前が「多々石」...。これは期待できるではないか。
が、しかし、小滝川でも、二、三の支流でもジャスパーのかけらはあるものの、メノウらしきものは見つからず。小滝川の奥まで遡上すると、大規模な砂防ダムがある。新しそうなダムだ。ははぁ、これで石が落ちてこなくなったな、と、ダムの上の川原の地面に降りてみると、一見乾いている地面はドロドロの土砂の堆積であり、底なし沼のように沈みこむではないか。あやうく腰のあたりまで一気に沈むところだった。ダムが多くなるとメノウはともかく、ミネラルや養分を含んだ土や砂が下流に運ばれなくなり、河口付近の海が痩せるとよく聞く。
仕方なくもう少し遡上して沢に入るが、やはり大したものはなかった。
発見は、ハッカ油がアブに効くということだ。臭いが飛んでしまったり、汗で流れるとすかさず来るのだが、継続的に吹き付けていればかなり効き目がある。優れものだ。地元の店の主人に教えてあげたら、「これはじいさんの野良仕事に役立つ」と、大いに喜んでいた。
リベンジ(?)に只見の沢にメノウ拾いに行くが、ここは赤いジャスパーと球顆流紋岩の転石が多く、とても面白かった。流紋岩には小さな球顆が入っていて、空洞のものが多いが、中にはメノウの詰まったもの=サンダーエッグもある。オーストラリアのレインフォレスト・ジャスパーのようなものだ。穴に紫水晶の微小な結晶が入ったものもある。ジャスパーも色鮮やかで模様も面白いものがある。一日では見きれなかったので、是非また訪れたい。




娘の小学校最後の夏休みの締めに、日帰りで群馬県みなかみ町にメノウ探しに出かけた。
金の鉱山の廃墟のある沢で流紋岩の球顆の中にメノウの入った、所謂サンダーエッグがあるというので、鉱山の遺跡見学もかねて行ってみることにしたのだ。
細い沢沿いに鉱山跡まで舗装道路が残っていて、今でも林業の車が通っている。水がチョロチョロ程度の沢に降りて、どんな石があるのかなと、娘と見ていると、道の上で嫁が「うわっ、ヒルがいる!」と言うではないか。うわぁ、マジですか...、とは思ったが、とりあえず、鉱山まで行ってみることにする。
舗装道を登り切ると、比較的すぐの所に鉱山跡があった。当時の機械が放置されていた。

草が茂っていて、坑道の跡がわからないので、斜面を登りつつ探す。
しばらくすると、娘が絶望的な悲鳴を。見れば娘の水色の長靴をヒルが上ってくるではないか。慌てて刮げ落とし、我が長靴を見れば、なんと、やはり上ってくるやつが。あたりの地面を見るといるいる、ヒルが。それぞれ結構な速度で近寄ってくる。たまらない気持ち悪さに卒倒しそうになった。再び娘が泣き叫びつつ足をバタバタさせつつパニック状態に。これはイカン、早く道に戻ろうと大急ぎで斜面を降りると、下で待っていた嫁が既に血を吸われていた。我々は長靴だったが、嫁は素足にクロックスだったのだ。
娘はもう石なんかどうでもいいから帰る帰ると、泣き叫びつつ道を走り降りて行く。ちょっと、せめてもう少し沢を見てから....とも思ったが、私もこの手の生き物は大の苦手で、気持ち悪さに耐え難く、結局ほとんど石探しをすることなく、車まで戻った。

高野聖ではないが、上から落ちてきて、気づかないうちに服の中に入りこんでいるやつもいるに違いない....。最近丹沢で山ヒルが大量発生していてハイカーがシャツを脱いだら、背中にびっしりヒルが.....という身の毛もよだつ映像をニュースで見たことを思い出し、さらに映画「スタンド・バイ・ミー」なども思い出しつつ、お互い何を見ても慌てないようにしよう、と覚悟を決めて靴下、シャツ、ズボン、パンツと脱いでいったが、幸い三人とも服の中には入っていなかった。奇跡だ。
娘が「もうやだ。この町を早く出よう」(失礼な、町中ヒルだらけっていうわけじゃないから...)と言うので、谷川岳の麓の温泉に入って、あっさり帰路についた。結局、娘が沢に入ってまもなく見つけたこれが、この場所のメノウ入りサンダーエッグの唯一のちゃんとした見本になったが、縞の縁取りがあり、ほんのりブルーでなかなか悪くない。ヒルさけいなければ是非もう一度行くのだが....。

帰ってネットで検索してみたらば、今、日本中の山でヒルが大発生なのだそうだ。
ヒルには塩と木酢酸が効くらしい。靴下やズボンに塗り込んでおくと、なかなか寄りつかないのだそうだが、アブと違って、ヒルの様子は生理的に耐え難い。あの、探っているような動き....。仮に薬をつければ吸われないから大丈夫と保障されても、足元にいるだけでたまらなく気持ち悪い。
とんだ夏休み最後の探石になった。

伊豆へダイビング&探石2

久しぶりに南伊豆まで足を伸ばし、ヒリゾ浜へ初めて行く。ここは知る人ぞ知る、という場所だったようだが、ネットで有名になり、今では渡し船は行列、浜は満員だ。それでも確かに美しい。透明度が違う。シュノーケルで充分に楽しめる。

大きなイソバナやサンゴも比較的浅い場所にあって、本当にカラフルで美しい浜だ。

再び北上して富戸で娘とスクーバダイビングを。昨年Cカードをとった娘は相変わらず極度の寒がりではあるが、随分上手になった。アオリイカの産卵を見る。イカは不思議な生き物だ。

探石は西伊豆でメノウが採れると言われる仁科海岸へ。仁科川の河口付近に石がたくさん溜まっているところがあり、しばし探す。菖蒲沢のように石英がゴロゴロ、という感じではないが、石英の脈が入っている玄武岩などがあり、波打ち際では磨かれたメノウの小石も拾える。無色透明だが。赤いジャスパーもある。