復元されたストーンヘンジ

拙著『巨石』について、学研の『ムー』(!!)関連のムック『失われた文明の謎』に紹介を、マガジンハウス『クロワッサン』にインタビューを載せていただいた。本当にありがたい。『クロワッサン』に「オムツがとれたばかりで初めての旅行を云々」と書いてあるのを知って、娘にこれ以上自分の恥ずかしい話を書くな!と怒られたのだった。学研の本には、ストーンヘンジは「謎のケルト人」「ドゥルイド」が作ったと書いてある。ううむ、これはすごい。今どきこういう言い方を自信をもってしている人は本国にもいないのじゃないか? 
ストーンヘンジは、現在、実物大の復元モデルが作られつつあることが話題になっている。完成すればもうひとつの観光名所になるかもしれない。だが、実は既に実物大のレプリカが存在する。それもアメリカのワシントン州だ。第一次大戦後、クエーカー教徒のサム・ヒルという人物によって作られた。大戦で命をおとした兵士の慰霊のためのモニュメントらしい。彼はストーンヘンジは古代の生け贄の場所だったと聞かされていたので、戦没者は戦いの神への生け贄にされたようなものだという意味を込めて作ったという。現在はこの地域出身で、第二次大戦、朝鮮戦争ベトナム戦争で亡くなった兵士の慰霊碑にもなっているようだ。そもそも、現存する最も古いストーンヘンジの解釈は、12世紀にモンマスのジェフリーよって書かれた『ブリテン列王史』に載っているものだが、ブリトン人の伝説的英雄であるアーサー王の祖父にあたるアウレリウス・アンブロシウスがサクソン人との戦いで亡くなった首長たちを弔う記念碑として、魔法使いのマーリンに今の場所に運ばせたものだという話だ。つまり、ワシントンのストーンヘンジは、「戦争の慰霊施設」という解釈で、約800年ほどの継承関係をもった施設なのだ。
ところで、写真を見ると、復元されたストーンヘンジはどうも面白みに欠ける。精緻に過ぎるというか...。オリジナルはもう少し歪な岩なのだが、それでも、おそらくこんな姿だったのだろう。崩れている方が存在感がある。