ある猫の家系

ここしばらくある猫の家系に悩んでいる。家系というか、親子三代くらいだが。
昨年、池袋の飼い猫トントが弱りはじめてから、舗装道路から家まで入る砂利道に猫の糞が急激に増え始めた。それも道の端ではなく、ど真ん中に堂々と、隠すことなく残されている。最初は、身体も大きく威張っていたわが家の飼い猫が弱り始めたことを知った他の雄猫が、「もうお前のテリトリーじゃないんだぜ」ということを見せつけるためにやっているのでは、という説が有力だった。これは新たな「ボス宣言」では、と。だが、ある日、道の真ん中でふん張っている猫を発見。なんと小さめの雌猫じゃないか。
そもそも猫っていうのは自分の糞などに神経質で、せっせと土などをかけるのが普通なんじゃないのか? なんて無防備かつ無神経な。その後しばらくして件の猫は子供を生んだようで、周囲に子猫も出没、糞の量からして、親子で一緒になって道でやっている気配があった。
昨今、犬や猫の本能、野生が失われつつあるという話を聞く。遠吠えしない犬、鼠を怖がる猫など――。もしかして道の真ん中で糞をして隠そうともしない猫っていうのも、そんな現象のひとつではないか?と思ってみた。
池袋の家の裏に、猫好きの一家があり、ずっと毎日野良猫に餌をやっている。このため、家の周囲の猫密度が高く、次々に雄猫が来るので、わが家の小心者のデカ猫はつねに喧嘩三昧だった。「俺の家に近づくなよ!」と連日のように騒いでいた。身体だけでなく声も必要以上にデカかったので、近所中に鳴り響いていて、「そんなにデカイ声で騒がなくても....」と、なんだか恥ずかしかった。本来、ある程度の面積に共存できる雄猫の数っていうのは決まっているのだと思うのだが、豊富な餌をめぐって、バランスが崩れている感じがあったのだ。トントはある時期、強敵「ジュニア」と死闘を続け、最終的にその抗争が元で死期を早めた。雄猫が本気で闘うと凄まじい。がっぷり組み、噛み合うと、しばしば糞まみれになって帰ってきた。痛みで漏らしながら、さらに取っ組み合ってぐちゃぐちゃになってしまうようで、どちらの「もの」なのかわからなかったが、もの凄い匂いを放ちながら帰ってくる猫を大慌てで捕まえ、押さえつけつつゴシゴシ洗うのはとんでもなく大変だった。猫にしてみれば、なんで、闘い果ててヘトヘトになって帰ってきたのに水攻めにされなきゃいかんのか、という感じだったと思うが。じゃあ、外に出さなければいいじゃん、と、猫好きの人は言うかもしれないが、成猫になって「外の世界」を知った雄猫を閉じこめるなんてのは、とんでもなく無理な話で、閉じこめておくと精神的にもたないのだ。雄猫のアイデンティティは「俺のショバ」そのものなのだ。もともと公園に捨てられていた子猫がちょっとばかり不憫で拾って帰っただけで、ペットにしたかったわけでもない。多少迷ったが、長く可愛がりたいから外に出さない、という選択は現実的に難しかった。
長い抗争の末、気がつくと「ジュニア」はいなくなったのだが、トントも牙は全て無くなり、折れた歯の根に雑菌が入って、最後はまともに餌が食べられなくなってしまったが、そこにやってきたのが件の雌猫の家系だ。周辺の猫的緊張に空白ができたのか、道の真ん中で糞をするし、門灯の上に寝る、この春に子供を産んで、家の玄関のまん前で家族でくつろぐなど、勝手きままな状態だった。
それが、ここしばらく見かけなくなって、猫の糞が無くなったなと思っていたら、件の猫が新たに4匹の子猫を連れて帰還。とたんに再び糞が増え始めた。暗くなってから歩くのは、さながら地雷原を進むかのような危険に満ちている。
家族は庭でくつろいだり、網戸にバリバリよじ登ったりしている。母猫と目が合うと、「何見てんだ? コラ!」みたいな亀田父のような態度だ。子猫どもは「母ちゃん、腹減った」の連呼なのだが、不思議なことに中くらいの大きさの猫が一緒に行動している。どうも、春に生まれた子供の一匹が、親離れ(子離れ)せずに、いっしょに暮らしている。たぶん雌なんだろうが、生まれたばかりの兄弟たちに軽く猫パンチをしたり、飛び越えたりして遊びつつ、共存している。一世代前の子供と新しい子供と、一緒に暮らすということなんてあるんだろうか。これも、どこか「野生」が壊れている現象なのか?
ともかく、新しく生まれた子供たちには、親や大きな姉を反面教師として、道の真ん中で糞をするようなはしたないことのない猫になってほしいと切に願う。