ファミリー・マートの廃業

仕事場の数歩先にあったファミリー・マートが本日閉店した。急な話で、告知から僅か10日ほどしか経っていない。目の前にコンビニがあることは一人で日中過ごしている身としては至極便利で、何かと世話になったのだが、これがなんとも複雑な気分だ。

そもそも、仕事場の前の通り沿いにファミリー・マートが出来たのは15年ほど前だろうか。ちょうど近辺の商店街がバブル崩壊に伴う不景気や跡継ぎの問題で櫛の歯が抜けるように店じまいしていっていたのだが、コンビニが出来たということが追い打ちをかけるような形になった。生鮮食品を扱う店が廃業していったのはコンビニのせいとは言えないのかもしれないが、サンドイッチを売っていた店や、手巻き寿司を売っていた総菜屋、酒屋などが店じまいをしたのは、明らかにコンビニの影響だったと思う。
そのファミリー・マートも、思うように収益が上がらなかったのか、一度、経営が一新され、数年前にあきらかにフランチャイズ経営のような格好になった。店の構造も店員もがらっと変わったのだが、新しく切り盛りしていたおばさんは、いったい一日何時間働いてるのかと思うほど、長く店に詰めていた。さらに自ら店の前に立って、大きな声で桃の節句の巻き寿司やらキャンペーン商品の呼び込みをしているのを見るにつけ、この人はこんなに働いて大丈夫だろうかと思っていたのだが。
おそらく、廃業の直接的な要因は、1年半前くらいに近くにセブン・イレブンが出来たことだ。この店は区役所の出張所の建物が売却された後、テナントとして入ったのだった。ファミリー・マートは駅を背にすると通りのどん詰まりにあり、面積もセブン・イレブンの三分の二くらいだったので、決定的に不利だったのだ。
セブン・イレブンの向かいには、昔からやっている酒屋がある。パン屋がある。酒屋は年寄りの母親と息子が切り盛りしているが、明らかに小売りとしては大打撃だろう。パン屋のパンはサンドイッチにもコロッケパンやバーガー類にもがっちりバターが塗られている(最近のバター不足を考えると事情が変わっているかもしれないが)ちょっと垢抜けないというか...「昔ながらの」街のパン屋といった感じだ。自家製のアップルパイもバターが濃厚で、中年男にとってはかなり重たい感じだった。
この店も家族経営で頑張っている。夜、買いに行くと、十代の娘が店番をしているのをよく眼にした。以前はときどき買っていたのだが、義母亡きあとは自炊するようになったので、足が遠のいた。夜遅くまで開店して頑張っているのだが、向かいのセブン・イレブンに対して、どうみても不利なのだ。

コンビニが一軒できると、周辺の商店に与える影響は計り知れないものがある。コンビニが出来たことで、廃業を余儀なくされる店が出た後で、そのコンビニが採算点に至らず閉鎖されたら、そのエリアの商業はどうなるのか。これは小さくない問題だ。
区も出張所を売却した相手がどこなのかわからないが、売却後にどういう用途で使われるのか、地域経済という点で少しは考慮すべきじゃないだろうか。

閉店になったファミリー・マートには、働き者のおばさんと共に、長時間働いていたオッサンがいた。このオッサンが小売り業には向いていない感じの、接客の苦手な人だった。「ありがとうございました」という声も誰に向かって言ってるのかな?という感じだったし、店舗の前で呼び込みをするのは、もっぱらおばさんやバイトの子だった。バイク通勤してくるのだが、バイクを店舗の前の地域のゴミ集積所の上に駐輪するのだった。
早朝にゴミを出せない、夜、帰り際にゴミを出す身としては、ゴミ置き場にデン、とバイクが置いてあるのは困ったもので、当初はコンビニの誰が置いているのか分からなかった為、「バイクがあるとゴミが出せないから止めてよ」と、責任者とおぼしきおばさんに二度ほど苦情を言ったことがある。
その度に、「すみません。言っておきますから」という返事だったが、しばらくすると同じようにバイクを止めている。件のファミリー・マートは狭いので、店の前に自転車を止めるスペースもなく、当初は若いバイトの子がとめているんだろうと思っていた。
それが、ある日、ゴミ捨て場に止めたバイクから降りつつ、ヘルメットを脱いだオッサンを見たのだった。
おばさんとこのオッサンは夫婦なのか?という疑問がずっと解消されないまま気になっていたが、結局、最後までわからずじまいだった。
閉店の二日前の一昨日、レジで、オッサンに「あの...明後日閉店になるんですよ。いつもスミマセンでしたね」と言われた。この「スミマセン」がバイクのことだったのか、いつも来店していただいて、という意味だったのかわからないが、私は思わず何故か「そうらしいですね。残念ですね」と言っていた。困ったオッサンだな、なんとかならないのか、と、ずっと思っていたのだが。
思えば、家族以上に毎日頻繁に顔を合わせていたのだが、業務上のやりとり以外で、初めて個人的に会話したのだった。

同じ日、荷物を取りにくるヤマト便の配達の男の子が、「向かいのファミリー・マート、明後日閉店するって知ってました?」という。「僕、あのファミリー・マートさん、家族的な雰囲気で好きだったんですよね。新しくできたセブンさんは、なんだか機械的で好きになれなくて」という。件のセブンはおそらく直営店なのだろう。店員は全てアルバイトのように見える。宅急便の集荷の際に、店員ともいろいろやり取りがあり、当然ながらフランチャイズ経営の店とそうでない店とでは、付き合い方も異なるのだろう。

セブンの向かいにあるパン屋で久しぶりにパンを買ってみようか。時々買っていた「白身魚バーガー」には、今でもがっちりバターが塗られているのだろうか。魚の身は太刀魚みたいな感じだったが、これは宮崎県の近海漁業の名産のひとつじゃないか。その太刀魚漁も燃油高騰で危機的情況だというじゃないか。マンゴーが数十万で競り落とされたなんて、喜んでいる場合なのか? と、いろいろと余計なことまで気になってしまった。


さきほど、閉店したファミリー・マートの前のゴミ捨て場にゴミを出しに行ったら、閉店したファミリー・マートが出したと見える段ボールの上に、食玩の車のオモチャが数個、置いてあった。「誰か、どうぞ」という感じで。これはおばさんが置いたのか、長らくゴミ捨て場をバイク置き場にしていたオッサンが置いたのか。いずれにしても、仕入れたら返品が難しいフランチャイズ店ならではの、置きみやげなのだろう。