ユカタン・ビワハゴロモ

カタンビワハゴロモの標本が安く売りに出ていたので、アメリカの業者から購入した。
届いてみれば、安かったただけあって、足が半分くらい無くなっている。が、私は羽の模様と頭だけ見られればいいので、OKなのだ。
この虫について知ったのは、ロジェ・カイヨワの『メドゥーサと仲間たち』という本だった。同心円状の、目玉模様の持つ力について書かれたとても面白い本だが、石に興味をもつきっかけになったのもカイヨワの『石が書く』だったので、この人の本には随分影響をうけている。
この虫の羽には眼状紋と呼ばれる目玉模様がついている。昆虫に多く見られる、擬態の一種と考えられている模様だ。目玉模様が捕食動物を一瞬威嚇する、何か他の動物を見間違えさせる力が、本当にあるのかどうかについては議論があるようだ。私の場合、石も目玉模様が入ったものが好きなので、この模様にしっかり呪縛されていると言える。
以前の日記にも書いたが、この虫の最も大きな特徴はふくれあがった異様な頭だ。



カイヨワの本には、頭がワニに似ていることから、不吉な虫と考えられている、とあったが、蛇に擬態しているという説もある。確かに、ワニではサイズが違いすぎるし、鳥に食べられないための擬態としては用をなさないだろう。

蝶の羽には蛇の頭に似ている模様がある。
最も大きな眼状紋をもつフクロウチョウが飛ぶ様をコスタリカで見たときは感激したが、フクロウチョウの羽の先にもどこか蛇のように見える模様がある。


これがヨナクニサンなどの巨大な蛾の羽先には本当に蛇の頭そっくりな模様がある。虫の模様は本当に不思議なのだ。


カタンビワハゴロモは、ユカタン半島に何度も行っているわりには、生きているところを見たことがない。
二年前に自然保護区の奥深くまで入ったときは大いに期待していたのだが、見られなかった。
私は虫の形を見るのは好きだが、ただおもしろがっているだけなので、どうすれば見つけられるのか、などのノウハウが全くない。
ガイドしてくれた人に「こういう虫知ってる?」と、あれこれ説明したが、どうも伝わらなかった。「蝉の仲間で、頭がワニみたいなやつ」というと、「えっ? ワニ? そんな虫聞いたことないな」という感じの返事だった。ワニと聞いて、巨大な虫を想像していたかもしれない。写真でも見せたら、「何だ、これのことか」ということになったかもしれない。

10年ほど前にグァテマラの北の奥地に行ったとき、マヤのティカル遺跡に行ったついでに、半日ほどのネイチャー・ツアーに参加したことがある。保護区の入り口にアルコールが入ったガラス瓶に虫がギュウギュウに詰められて置かれていた。「この保護区で見られる虫」ということだった。
その中にユカタンビワハゴロモがあったので、「おぉ! この虫がこのへんにいるの?」と驚喜しつつ尋ねると、「ん? あぁ、そうそう。まぁね。」みたいな返事だった。あまり有名な保護区ではなかったので、参加者は私一人。ガイドの男は20代後半くらいだったが、ネイチャー・ガイドとは思えない重たい体型で、ヒィヒィ、フゥフゥ言いながら山を登っていく。近辺は昆虫や珍しい鳥などが多いはずなのだが、時間の問題もあるのか、道中、全く出会わない。「えぇと、この山に生えている木は...」と、息を切らして植物の説明をするのだが、どうも不案内というか、専門性に薄いガイドで、「今日は...生き物はあまり見るものがないなぁ。ほら、いい景色でしょ」みたいな感じでお茶を濁そうとしていた。プロのネイチャー・ガイドというのは、素人が気づかずに素通りしてしまうところ、あれこれ見せてくれるものなのだが...。
モルフォがひらひらと横切るのを見て、「あ、モルフォだ!」と、私が感嘆の声を上げると、「ん?何?」「モルフォが飛んで行ったでしょ?」「モルフォ?」「ほら、羽が光っている大きな蝶だよ。気づかなかった?」「あぁーー、いるね。見たの? これでハッピーかい?」みたいないい加減な感じだった。なんだかなぁと思ったが、こんな適当さも旅のおかしさのひとつではある。

メドゥーサと仲間たち

メドゥーサと仲間たち