『切手帖とピンセット』

月兎社の加藤郁美さんから出版されたばかりの著書『切手帖とピンセット--1960年代グラフィック切手蒐集の愉しみ』をいただいた。なんとも素敵な本なのだ。
タイトル通り、世界各国で優れたデザインの切手が作られた60年代を中心に、国、題材、印刷技術などの切り口で魅力的な切手を見せていく本で、掲載されている切手の面白さ、美しさは言うまでもなく、切手以外の関連図版も面白い。造本も隅々まで工夫が凝らされていて、頁をめくる愉しみに溢れている。蒐集切手と無縁でも、ひとつのデザイン史をあつかった本として出色だ。これで2200円は安い。


切手帖とピンセット 1960年代グラフィック切手蒐集の愉しみ

切手帖とピンセット 1960年代グラフィック切手蒐集の愉しみ


数年前、「シャラポアの趣味が切手蒐集だって、なぜにそんな地味な?」 という感じのニュース(?)があったが、60年代から70年代前半まで、切手蒐集は趣味の王様だった。私も、私の姉も、同居していた従姉妹も集めていた。学校の友達の間でも、「○○の家には『月に雁』があるらしいぜ」というような会話が珍しくなかった。記念切手の発売日には朝から行列が出来ていて、その日の早い時間に完売したりしていた。今じゃ考えられない。亡くなった義母はその一人だったらしく、70年代前半の切手シートがたくさん残っている。

私も親に、郵便局に買いに行ってほしいと頼んだことがあるが、朝から並ぶなんてとんでもないと、にべもなく断られた。でも、本当は外国の切手が好きだった。知らない国で作られたもの、というだけでわくわくしたのだ。たかが二、三センチ四方のスペースの向こうにめくるめくエキゾチックな世界が垣間見えるような気がしたのだ。

3歳までアメリカに住んでいたが、隣のユダヤ人家族が姉に切手を持ってきてくれた。ヒトラーの切手がたくさんあった。おそらく、ドイツに親戚がいて、やりとりしたものが残っていたのだろう。帰国してからは、三井物産に勤めていた従姉妹が会社で外国の切手をたくさんもらってきた。フランコの顔が入ったスペインの切手がたくさんあった。これは姉と私にとっては「またハゲか....」という残念な切手だった。リンカーンやワシントンの顔が入ったアメリカの切手も、エリザベス女王の顔の入った切手もたくさんもらった。それぞれがどんな人なのか知る前に、顔だけはお馴染みだった。

たくさん集めた外国の切手も、中学生になって、年下の従兄弟に全て譲って、その後どうなったかわからないが、近年またぞろ鉱物の切手など買ったりしている。
切手の魅力というのは独特だ。この面積の小ささがいい。必ず数字と国名が入っているのがいい。端がギザギザしていなくしゃいけない(最近シールみたいなのがあるけど、あれはつまらない)。紙が薄くて、印刷が美しくなきゃいけない。

職人が原寸の版を彫っていた時代に比べて、今、版を作り、プリントすることがあまりに軽くて、その軽さが切手のクオリティーを下げているような面もあるように思う。オリジナル切手を作るサービスなどもあるが、あのデザインフォーマットはちょっと酷い。どうせプリンターで刷ったものなんだから、自分で好きなように切手を作って、封筒に貼って、認証印として、料金分の特殊な消印を押してもらったらOK、というようなサービスをしてくれたら、少し割高になっても、いくらでも作るんだけど。