義兄が亡くなり、膝を剥離骨折、など、いろいろあって気がつけば随分書いていなかった。

テレビで首相の顔を見るたびにうんざりするのだが、小学生の娘の友達までもが「鳩山ってダメだよね〜」と言うこの雰囲気もどうなのかと思う。基地をめぐる問題も、どうしようもない隘路にはまり込みそうだが、辺野古を埋め立ててV字の滑走路を造るという当初の案のままで良かったとも全く思えない。「調子のいいことばかり言って、結局ダメじゃんか、期待させやがって、馬鹿。」ということなのだが、そのことだけを延々取りざたしてみても、いいことは何もない。少なくとも、メディアの仕事は「5月末に大丈夫なんですか、ホントに間に合うんですか」と言い続けることではなくて、何故沖縄にこれだけ多くの基地があるのか、何のために必要とされてきたのか、または辺野古を埋め立ててV字型滑走路を造るという計画と、工事の規模と受注業者の問題との関連についてなど掘り下げることのはずだ。全く役にたっていない。
最近の鳩山発言で最も問題なのは、「学べば学ぶほど、沖縄に海兵隊が存在するということの意味がわかった云々」というもので、専門家の間でも疑問視する声が少なくない海兵隊の駐留に関してあんなことを言ってしまったら、民主党はこの先当分の間自ら基地問題解決の選択肢を失うことになる。
そもそももっと首相の発言を内閣で吟味してから行わせてほしい。「定例のぶら下がり会見」なんて必要ないし、この際、できるだけ本人に自由にしゃべらせないようにしてほしいのだ。

 

高速増殖炉もんじゅ、このままずっと眠っていればいいと思っていたのだが。
制御棒の操作方法を操作員がよくわかっていなかった、という報道を聞いて、なんとも暗澹たる気分になった。あれだけの事故を起こして、構造上の欠陥や隠蔽工作が明るみに出るなどして、満を持しての再稼働であるかのようなアナウンスの中、制御棒の入れ方がよくわかっていなかったって....いったいどんな体制で運営しているのか恐ろしい。
82年に建設地を訪れたことがある。敦賀半島の北端、かつて険しい山道を越えていかないと辿りつけなかった、所謂「陸の孤島」だ。十数戸ほどのごく小さな漁村が、漁業を捨てる決断をしたわけだが、不自然なくらい立派な道路を走って、上から日暮れ後の集落を見下ろすと、新しく立て直された住宅地に煌々と明かりがともっていた情景の違和感は忘れがたい。
そもそも、もんじゅの設計は60年代で、原子力に過大な幻想があった時代の産物だ。原発を運転するかぎりプルトニウムは増え続ける。厳密に管理し、未来永劫冷却攪拌しつづけなくてはならないこのとんでもない物質を、少しでも再利用しようかという計画なのだが、所詮は熱でお湯をわかして発電する施設だ。廃棄物を再処理し、プルトニウムを抽出して、これを管理しつつ燃料にするということのリスクも含めたコストを誰がきちんと考えているのか。
温室効果ガス削減という大義名分と、アジア諸国のインフラ整備の需要に乗って、長らく開発から遠ざかっていたアメリカまで含めて、原発輸出の話が加速的に進んでいるが、未だ高レベル廃棄物の処理方法も目処がたっていない中、これ以上放射性廃棄物プルトニウムを増やしてどうするのか。とても展望があるとは思えない。