ハロウィンにモスマン

朝、駅前の商店街に入ると、中年男の野太くも黒い笑い声がスピーカーから響いた。
一瞬ぎょっとしたが、マイケル・ジャクソンの「スリラー」だった。次に「Xファイル」のテーマがかかった。翌朝は「アダムズ・ファミリー」、さらに翌朝は「ゴースト・バスターズ」で、なんで朝っぱらから怪奇系なんだよ、と思っていたが、そうか、ハロウィンなのか....。馴染まない。西武池袋線の商店街に全く馴染まない。無理やり定着させようとしないでほしい。
店先で掃き掃除をしている婆さんの背後に「Xファイル」のピーヒョロした音色が流れいると、この人、スゥーっとどこかに吸い上げられてしまうんじゃないかと心配になってしまう。

デザインを担当した国書刊行会40周年記念冊子『私が選ぶ国書刊行会の3冊』で、稲生平太郎氏が『モスマンの黙示』という本を選んでいた。モスマンは北米で目撃される翼のある黒い人型のモンスター(いわゆるUMA)で、CSのヒストリー・チャンネルとかではお馴染みだ。モス=蛾というより、コウモリのような感じらしいが、北米で「コウモリ人間」というと有名な人がいるので仕方なくモスマンにしたのかもしれない。
モスマンそのものにはあまり興味なかったのだが、稲生氏が激賞していたので購入した。現在は『プロフェシー』(同名の映画の原案という扱い)というタイトルで訳の違うものが文庫化されているが、折角なので国書刊行会版を古本で買った。
「超科学シリーズ」の中の一冊で、貼函入り、表紙箔押しの重厚な造本。値段は1974年で2800円だ。国内盤LPが2000円から2200円だったときの2800円だ。今この分野はコンビニ本で数百円というのが主流だと思うが、この自信たっぷりな出し方に隔世の感がある。
ウェスト・バージニア州、ポイント・プレザントという小さな町で1967年に連続して目撃された「モスマン」と、同時期に頻繁に目撃されたUFO、「自称宇宙人」、ならびに形容し難い不可思議な出来事の数々、そしてその後に起こった橋崩落の大惨事を記したドキュメントということになっている。これが実にヘンテコリンな話の集積で、なかなか面白かった。

この本が出た1974頃は、数年続いたUFOブームの最後のピークだったように思う。1972、3年頃、小学校高学年生だった私もかなり熱心なUFO少年だった。粒子の粗いモノクロ写真の中の染みのような黒い影に、えもいわれぬ魅力を感じ、『小学5年生』だかに載っていた記事をもとに友達と手製の「UFO探知器」さえ作成した。
1974年頃は日本でもUFOが頻繁に出現する場所が数ヶ所話題になり、新聞の記事にもなったりしていたように思う。安価なコンパクトカメラなどの普及もあり、鮮明な「UFO写真」がカラーで雑誌に投稿されるようになっていた。さらに「UFO来てください」と皆で念じると結構来ますよ、というような話も出てくるようになり、次第に有り難みがなくなって、私は急速に関心を無くしたのだった。異世界から飛来しているはずなのに、週末ごとに頼まれて来るような腰の軽さでどうなのか?という「UFOの堕落」ともいえるものを感じてしまったのだ。

70年代後半には、UFOはどこかマニアに特化したジャンルへと移っていき、やがて陰謀論と一体化していった。「説明しがたいもの」であったはずのものが、「専門家」たちから、どの星から来ているのか、なんのために来ているのか、アメリカ政府とどんな関係なのか等々、ありとあらゆる事細かい説明が与えられ、説明されればされるほどリアリティーが無くなっていく、という筋道をたどっていったように思う。

モスマンの黙示』の著者ジョン・キールはこうしたUFO専門家たちのストーリーをあざ笑いつつ、これらは全て異世界から来たものたちの意味の無い、悪質ないたずらのようなものだと言う。モスマンやUFOの目撃者の家を訪れる黒服の男達、外人風でチェックの服を着て、厚底の靴を履き、おかしな話し方をする訪問者たち、電話を細かく盗聴し、手紙を奪って書き換え、牛の血を抜き、車で追いかけ回すわけのわからない連中、これら全て異世界から侵入した物たちの、特段の目的もない行為なのだと。
キールが考えるように、異世界から侵入しているものがあるのかどうかは別として、たしかにこの本に記されている様々な出来事は、さっぱり意味がわからないし、合理的な説明を全く拒否しているという点で面白い。ある種の妖怪譚のようなものだ。

ハロウィンはアイルランドなどのケルト系文化圏の「サウィン祭」を起源としている。一年の終わりにこの世と異世界との境が曖昧になって、妖精やら小鬼やら亡霊やらが現れる逢魔時をやり過ごすためのお祭りだ。アイルランドの伝承に、兵隊のような服を着て赤い帽子を被った子供のような姿の妖精が出てくることがある。姿形は人間のようでいてどこか異質な存在、いるはずのない場所にいるもの。『モスマンの黙示』に出てくる、チェック柄の服を着て、ニヤニヤ笑いながらたいして意味の無い質問をして去っていくおかしな連中、黒い車に乗って黒い服を着た「外国人風」の連中、UFOから降りてきて、「ちょっといいかな?」という感じで気さくに話しかける「自称宇宙人」など、現代アメリカの田舎版・妖精と言ってもいいかもしれない。