ペルー・ボリビア旅行十日目

今日はチチカカ湖畔最後の日だ。多くの観光客は一泊か二泊なのだが、ボリビア往復などしたため、結局四泊した。
最後の日はプーノの北西にあるティナハニという奇岩のある渓谷に行く。昨日の「太陽の島」クルーズと同じ所に頼んだので、ちょっと心配だったが、若い女性のガイド、リディア(仮)で、ややツンツンした人だった。客は私一人だし、やりにくい。
「ティナハニに行く人はあまりいないの?」と聞くと、「いない!」ときっぱり言うのだった。そんな言い方すんなら、「素晴らしい絶景」とかいって宣伝しなければいいのに....。


途中小さな池にフラミンゴがいた。いると聞いてはいたが。フラミンゴって、もっと熱帯性の鳥というイメージがあるが、どうもよくわからない。ハチドリもいるらしい。

先ずランパという小さな村で17世紀から完成まで約100年かけて作ったという教会イグレシア・デ・サンティアゴ・アポステルとユニークな納骨堂を見る。教会はこの地域では最も立派な造りのものの一つで、祭壇など一部焼失したが、大理石の堅牢な建築、パイプオルガンや絵画、そして本物の馬のはく製にまたがった聖ヤコブ像、牛の皮を使ったイエス磔刑像など、古いものがかなりそのまま残っている。最後の晩餐の半立体の絵画のようなものもある。が、どれもあまり趣味がいいとは言い難い。木彫やファサードの石彫は見事だった。

地下に古い納骨堂がある。が、今は二、三の頭蓋骨を残して空だ。

ここにあった骨を移設して作られたのが、併設されているエンリケ・トレス・ベロンの墓にして納骨堂だ。ランパ村の近くには金山があり、ベロンは金鉱関係で財をなした富豪らしい。ミケランジェロピエタ像のレプリカの下のドーム状の建物の中に納骨堂から移設された骨がびっしりと入っていて、ユニークな展示のされ方をしている。この新しい納骨堂の写真を見て行きたくなったので、今日のツアーを組んでもらったようなものだ。凄い。おびただしい骸骨が非常にセンスのいい(?)配置とライティングでまとめられていて、窓から下をのぞき込むような形になっているが、なかなか無い景色だ。



ところで、オリジナルの納骨堂は、トゥパック・アマルの乱の際、スペイン人が逃げ込んだらしいが、見つかり、皆殺しにされたという。「そう考えると怖いね。何か出るんじゃない?」的なことをリディアに言ってみるが、「そう? よくわかんない、そういう感覚が」みたいな素っ気ない返事だった。なんとかならんのか、この感じは。あと数時間つらいぞ。

祭壇のマリア像をロープにひっかけてあたかも飛ぶがごとく下に下ろすという催しがあるらしいが、そのロープを巻き取る装置が地下に置いてあった。人をだます仕掛けだ。納骨堂から近くの家に抜ける細い抜け道もあった。
地上に戻ると外は大変な喧騒だった。小学校の終業式兼文化祭のようなものらしく、子供が行列して通り過ぎていく。小さな女の子が母親と同じように伝統衣装を着て、小さな帽子をかぶっているのはなんとも可愛らしい。

村は褪せたサーモン・ピンク色の壁の家が多く、ピンク色の村とも呼ばれているが、なかなか雰囲気がある。
祭の装束を着た男女像などがあるが、最後のものは葬送の踊りを踊る人物像だという。



次に、プカラという遺跡のある町に寄る。これはクスコからプーノへのインカ・エクスプレスで寄ったのだが、何故か公立の博物館でなく私設の博物館に案内されたのだった。インカ・エクスプレスの広告では公立の博物館の写真を載せているのに、実際は別の所に連れて行くのだ。何か癒着があるんだろう。
行ってみたら、やはり置いてあるものが別格だった。インカ・エクスプレスは有名だが、いろいろ聞くと、どうももっと安くて良いバスのツアー(同じコースで)があると、複数のクスコ人が言うのだった。
プカラはティワナクと同時代で、ティワナクと覇権争いをして最終的にティワナクの支配下に入る文化だ。石像など共通点も多い。この町は陶器でも有名で、例の屋根に付ける牛のお守りもこの町でたくさん作られている。あのお守り像はもとはアルパカだったらしい。

ティナハニという奇岩の渓谷に向かうと、川を車が渡れないという。乾期には川は干上がっているようだが、雨期に来たのは初めてだから予想外だ、とリディア。
「渡れないってことは、どうなるの?」と聞くと、「んー、これで終わり」。
ちょっと! それはないでしょ? 結構個人で来てもらったから高くついてるんだけど、もう終わり?

川は濁っているので、どのくらい深いのかちょっとわからない。
すると、ちょうどバイクで来ていた地元民が「浅いから問題ない。俺はこのバイクで渡った」と言う。見ればエキパイが30センチくらいの高さだからひざ下くらいの深さだろう。

「なら問題ないね。俺は一人で行ってみるからだいたいの道順を教えてよ」とリディアに言うと、「何で? 私も行くわよ」と。
スパッツみたいなぴったりしたパンツにスニーカーだったが、濡れてさらに機嫌悪くなるとイヤだなとは思ったが、「プロのガイドですから」という雰囲気だったので、一緒に渡ることに。
彼女は渡りながら「冷たくて気持ちいい!」とえらく楽しそうな感じになり、「写真撮っていい?」と聞くと、「撮ってメールで送って!」と。こういうのをツンデレというのか?

奇岩の谷はプレ・インカ時代の墓が多く残された場所でもある。今は無いが、彼女は15年くらい前には中にミイラが入っていたと。ミイラはないが、細かい人骨はあちこちに散乱している。数百年以上前の人骨だ。奇岩の谷は死者の谷でもあった。

奇岩はカッパドキアなどに比べると小規模だがなかなか面白かった。リディアは来るのを面倒くさがっている感じだったが、来てみればどんどん率先して歩いていく。断崖に小さなはしごが置いてあるのが遠くから見え、「あの先に何があるのかしら、ちょっと見てくるからここで写真を撮ってて」と。何も無かったそうだ。



空港に向かう。これでチチカカ湖畔とも、標高の高い所ともお別れだ。
雨期で曇りがちだし、と思ってあなどっていたが、ここ数日で日焼けで顔はパリパリになってしまった。雨期なのにカサカサに乾いている。
空港は夕飯を食べれる所とかある?と聞くと、リディアが「無い。改造中で食べるところは何もない」というので、途中鶏肉の店によってもらい、焼いた鳥の足とポテトをテイクアウトした。スープとソースが三種ついて約180円。皆鶏肉が大好きだ。アルパカの肉は観光客向けらしい。一番高級なのは豚肉だというのも驚いた。他の草食動物は放牧しておけばいいが、ブタは飼料にお金がかかると。こちらではブタにロープをつけて歩かせている姿も何度か見たが、なんだか変な感じだ。