スラウェシ島探訪8日目

この日は先ずランテパオの市場に行く。コーヒーの量り売りがあるのが、トラジャらしい。豆のままと挽いたものと両方売っているが、かなり細かく、パウダー状に挽いてある。試しに200g買ってみた。こちらの人たちはコーヒーにたっぷり砂糖を入れる。ミルクは入れないし、お店でも出さない。



ナマズやウナギ、フナなどの川魚も売っている。テンテナの巨大ウナギとは比べものにならないが、立派なウナギだ。珍しかったのはビンロウの実だ。これを少量の石灰と一緒にキンマという植物の乾燥させた葉にくるんで噛むと軽い酩酊感があるというのだ。噛みたばこのように噛んで唾を吐き出すらしい。試してみれば良かったが、市場では説明がよくわからなかった。「女の噛みたばこ」だという説明だった。ここでは男は噛まないようだ。売っているおばさんも葉巻きのようにしたものをくわえていた。

この日は週に一度の「肉市場の日」だった。肉と言っても生きた肉だ。壮観だったのは水牛売り場で、近隣の農家が持ち寄った水牛が広場に集められている。個別交渉で売買されるようだ。
白地に黒いブチの水牛が最高級とのことで、これで家屋のレリーフになぜ白い牛の絵が描かれているのか納得がいった。黒い模様の形でもまた価値が変わるのだという。たとえば、何か人の姿に見えるような模様が入っていると大変な値段がつくことがあるのだそうだ。最高級のものは500万円、あるいはそれ以上くらいはするのだと。並の水牛はその10分の1以下だそうだ。墓所に人形を置いたり、巨石を置いたりする資格が認められるという、「水牛を24頭屠る葬儀」を出すことができる家がどれだけ裕福かわかるというものだ。ここで売られる水牛はほぼ葬儀用で、普段の食用はほとんど無いという。私も一度レストランで水牛のステーキを食べたが、おそらく外国人相手のレストランくらいでしか出さないのではないだろうか。豚は縛られて並べられている。子豚は大きなズタ袋に入れられている。面白いのは闘鶏用の鶏も売っていることだ。闘鶏が盛んで、かつてはもめ事があると闘鶏で白黒つけるというのも多かったという。トラジャの家の正面の上の方に白と黒の鶏が描かれているのは、正義というか公平さの象徴だという。




市場の後は、Boriに巨石と集合墳墓を見に行く。狭いスペースに並んで立つ巨石はなかなかの壮観だ。尖った形に成形されているものがあり、オベリスクのようだ。古いものほどずんぐりとしているように感じられた。地衣類がびっしりついている。かつてこの石をどのようにして運んだかなど、写真を見てみたかったが、周辺は玄武岩が豊富なので、さほどの移動距離でもなかったかもしれない。巨石の奥には丸い玄武岩の巨大な塊に墓穴を穿った墓地を見た。均整のとれた形をしているので、どこかブロツキーとウトキンの「紙の建築」のようにもみえる。ちょうど新しい墓穴が造られているところだった。



段々畑を眺めながらひと休み。千枚田のようになっている所もある。

もうひとつ巨岩の墓地を見る。ちょうど埋葬したばかりではしごがかけられていた。下に置かれている家形の輿は遺骸を載せて運ぶためのものだ。このまま墓所に置いておくものらしい。墓穴には蓋がついているが、写真が飾られているものもある。基本的に、ひとつの穴がひとつの家系ということだが、有力者が亡くなると、新しいものを作ろうということにもなるようだ。火葬ではないので、いっぱいになるんじゃないの? というと、整理すれば大丈夫とヨハニス。驚いたのは墓所の下に用済みになった棺桶が乱雑に放置されていたことだ。葬儀にあれだけの手間ひまと費用をかける人たちだが、そのへんはどうでもいいんだろうか?

もうひとつ巨石が並ぶ場所を見る。車で通り過ぎながら、「ここも巨石の場所、見る?」というので、「モチロン見ます」と。巨石があるたびに止まって写真を撮っている私に、ヨハニスはだんだん違和感を抑えがたくなったようで、「あんたみたいに巨石が見たいという人は初めてだ。たいてい、ひとつみれば十分だと言うんだけど...何故?」と言うので、「あ、巨石を研究してるんだ。本も書いたことあるんだ」と言うと、「そうか、研究してるんだ!」と納得した様子。ウソではない。
ひときわ背の高い巨石があった。比較的最近のものらしい。よく見ると途中で折れたものを接着しているではないか。運ぶ途中で折れたのか。縁起が悪いとかいう考えはないんだろうか。


巨石は見たところほとんどが玄武岩のように見えたが、歪な形の太湖石のような石灰岩があった。これは故人の好みによるものなのだろうか。

比較的早くこの日は宿に戻った。実質的に最後の日なので、何か土産をと思い、古い布など売っているような店はないかと相談したのだが、昨日寄った店以外ないというので、もう一度寄ってもらい、織物を買う。店主がかなり古い布をたくさん持っていたようなのだが、火事で焼けてしまったらしい。

ヨハニスが別れ際に、「実はこの近くにも巨石の場所があるんだけど、興味ある?」と。だから、巨石は全部見たいと言ってるでしょ。彼のバイクの後ろに乗せてもらい、ごく近くの巨石サイトに行く。彼は私を降ろすと「じゃ、これで」と帰っていった。見送って、少し歩くと、ノコギリの歯のように成形された石があり、これがなかなか面白い。見逃さずによかった。

石の写真を撮っていると、遠くから「ハローッ!」という声が。どうもスラウェシ島では「外人に声かける」遊びが流行っているらしい。子どもが人懐っこくて元気だ。今の日本の子どもから無くなってしまったものを、この旅行でたっぷり見たような気がする。

巨石の場所から宿に帰る道すがら、骨董店に入る。ヨハニスは「他に店は無い」と言っていたが、こんなに近くにあるではないか。
この店で売っている布が面白かった。織物ではなく、型絵染めがある。12畳ほどの店内の壁の上のほうをぐるりと巻いた長い布がある。鹿などの動物の中、象に乗った人物、大きな弓を引いている人の姿がある。狩りの場面のようだ。スラウェシには象はいないので、さすがにこれは他の島の布だろうと思ったが、スラウェシのものだという。なんだかよくわからなくなった。
なんだかよくわからなくなったまま、短い日数だったが、スラウェシ探訪は実質的にこれで終わり。明日はスラウェシ南端の大都市マッカサルまで一日車で移動だ。