バハ・カリフォルニア行6日目

今日は予定では近くの三つのサイトを見て、昼過ぎに山を登って山地の上まで戻ることになっていた。
が、やはりホセが三つ全部見るのは無理なんじゃないかと。
エドガルが提案として、一つのサイトをあきらめて予定通り山の上に上がるか、一日全て岩絵を見るのに使って、同じキャンプ場で連泊し、明日の朝早く起きて一気に山の上に戻るのとどちらがいいかと。
もちろんせっかく来たのだから全部見たい、ムレヘの宿に戻るのは遅くなってもかまわないと言うと、ではそうしようということになった。
昨日と同じでパンケーキを食べ、一番遠目のサイトLa Soledadに。ここは地元でAguila=鷲と呼ばれている。赤と黒の鷲の絵があるからだ。鹿やウサギなどの動物と人物像は他のサイトと共通しているが、せり出した岩の下面にチェックの模様があり、これが黄色も鮮やかに残っていて珍しい。チェック模様はあちこちで見られるようだが、意味はわかっていないが、解説板には、狩猟採集社会においてこうした模様はシャーマニックな儀式(幻覚作用をもたらす植物などを使うことも多い)と関係が深い、とある。そ下から覗き込まないと見えないので、儀式に参加した者は寝転がる必要があっただろう。



スペイン語でメタテという、グラインダーがある。彩色のために石を砕いて細かく挽いたのか、植物をすりつぶしたかもしれない。

壁面に陽があたって下の端の方がよく見えない。写真を撮るには絵の上に日当りと日陰の境界があるのが一番困るので、日陰になっている方がありがたいと言うと、あと二カ所、訪れるサイトの順番をかえようということになった。それぞれ、川を挟んで東と西の反対側に面しているのだ。相談してよかった。

途中、小さな死んだ蛇をみつけた。ガラガラヘビのガラガラが無いバージョンらしい。毒性の強さはガラガラヘビと同じだという。これはまだ子どもだ。模様は細かいが綺麗だ。何かに使えないかなとエドガル。携帯のストラップは?と私。

ところで、エドガルはエドガル・ユリシスという名かと思ったら、ユリシスはミドルネームで姓はマハラニスというような名で、よく聞くと、いわゆる「マゼラン」だった。彼の母親の姓でポルトガル系だというから間違いない。ユリシーズ、マゼラン、なんとスケールの大きな名なんだ。彼は体も大きい。バハ・カリフォルニアのメキシコ人は「内地」のメキシカンと比べるとかなり背が高い人が多いようだ。彼はメキシコ・シティーに住んでいたことがあるようだが、家のサイズも何もかも小さくて住みにくかったと言っていた。靴屋でスニーカーを買おうとしたら、「うちは巨人用のは売ってない」と言われたという。
僕はユリシーズでマゼランなんだから、舟に乗るのは必然、と、カヤックを始めたときに母親に言ったそうな。

エドガルは「日本人が一人で行きたいと言っている」とオフィスから聞いたときに、大丈夫なんだろうかとちょっと心配になったと。大丈夫というのは、うまくやれるかどうかという意味で。岩絵のツアーは年に一、二回くらいしか催行しないようだが、前回はアメリカ人二人、イギリス人二人の混成で、皆、こんなに歩きがきついとは聞いてなかったと途中でかなり不満をあらわにして、全部見ないで帰ったそうだ。もし、日本人と一対一であれこれ不満が出てくるようだったらしんどいなと。それは私も同じだ。気が合わない人とキャンプで四日も一緒というのは結構辛い。が、彼は本当にいいガイドだし、いい奴だ。
そもそもツアー会社が岩絵のキャンプツアーを考えているが、ガイドをやりたい人は?とバハのメンバーにきいたところ、手をあげたのは彼一人だったという。
「ヒデハル、お前これからもあちこち岩絵を見に行くつもりなのか?」というので、「できればそうしたい」というと、「何か計画したら俺も誘ってくれないか」と彼。「本気で言ってんの?」「もちろん本気。俺はこういうのが好きなんだ」と彼。変わってる。

続いていよいよこの谷最大の岩絵サイトCueva Pintada=painted caveに。山の中腹に160メートルにもわたって続いている。絵の保存状態もいい。規模が大きくとても全体像が把握できない。せり出したシェルターの上壁面に描かれたもの、シェルターのひさしの下面に描かれたもの、両方にまたがって曲面に描かれたものなど、さまざまだ。シェルターのひさしの下面に描かれている絵は保存状態もいい。
通路が細くてなかなか撮影しにくかったが、たっぷり時間をかけて撮影する。






四つ足の動物と重なっているのでわかりにくいが、甲羅の部分が渦巻き模様になっている亀の絵がある。こうしたものは他の所にもあるようで、サン・イグナシオの店で古い本の中に見た。

昼食にキャンプに戻る。かなり遅めの昼飯だ。時間がないから昼食はスナックを持ち歩いて済ませよう、とはならない。必ず何か作る。ちょっと胃もたれ気味だ。
真剣にトルティーヤの焼け具合をチェックするホセ。彼はいつもは一日二食しか食べないのだそうだ。小食なのではなく、奥さんが亡くなってから、作るのが面倒くさいので、とのこと。子どもはどうやって育てたのかしら。

ゆっくり休んだ後は最後のサイトCueva de las Flechas – Cave of the Arrowsに。ちょうどPintadaの反対側にあるサイトで規模は小さいが絵の状態はとてもいい。人物像の大きいこと。
この岩絵群を残した人たちはかなり背が高かったという。ホセの親類が埋葬地を見つけたそうだが、スネの骨の長さはかなりのものだったという。INAHの女性研究者に渡したそうだが、彼いわく、「ヤな感じの女だったからあまり話さなかった」。

ちょうど川を挟んで反対側にCueva Pintadaが見える。平な壁面の下の亀裂が全て岩絵サイトだ。
Cueva de las Flechasの岩絵の端にある人物と鹿のコンビネーションのバランスがいい。人物像はかなり大きい。





頭に角をつけたシャーマン像らしきものの頭の両側に逆さの小さな人物像が。どんな意味があるのか。

谷底最後の晩餐はパスタ。ホセも私もあまり食べられなかったが、スコが残った二人分くらいをあっという間にたいらげた。

ピーナツを小麦粉でコーティングした日本にもよくある豆菓子をさらにチリで覆った辛い豆菓子が。これは癖になる。日本でも売ってほしい。