バハ・カリフォルニア行7日目

朝、暗いうちから起きて出発の準備。今日は谷底から山の上まで一気に上がる。1000メートル以上ある。
昨夜、ホセにお前も帰りはラバに乗れと言われた。そうしないと時間が無くなると。昨日全部のサイトを見たいのでもう一泊谷底でキャンプしたためだ(もともとツアー会社の説明にはそう書いてあったのだが)。
コロンビアの山で馬に乗ったことはあるが、そこはここまで険しい道じゃなかったし、ガイドがずっと綱を持って先導していた。ラバは大丈夫かしら。
ラバはロバの雄と雌の馬のハイブリッドらしいが、小さめの馬という印象だ。おとなしい。私はメールでやりとりしていたとき、Muleというのがロバだと勘違いしていた。たしかシャーリー・マクレーンクリント・イーストウッドのウエスタンでTwo Mules for Sister Sara(『真昼の死闘』)というタイトルのもので、尼さんの格好をしたマクレーン(実は娼婦だったのだが)はロバに横座りで乗っていたような気がしたので。が、よく考えたら、ロバはドンキーだった。

ラバは背も低めだし、乗ることは簡単だが、やっぱり急な下りで片側が崖になっている所などおそろしい。またがって手綱を持っているだけなので、馬が滑ったら放り出されて多分落ちるだろう。
ホセと私がラバに乗っているので、エドガル一人が歩きということになった。ロバ隊のスピードは人の早歩きくらいだ。小走りくらいになることもある。ホセはロバをつねに急き立てている。登りはかなりきついはずだ。エドガルもかなり息があがっていたが、さすがに若く、普段アウトドア系のガイドをしているだけある。あまり遅れることなく後からついてきた。

最初はホセが先導して私のラバの綱も持っていたが、途中から大丈夫と判断したようで、先に行けと。2時間半時間ほどで頂上についた。休み休みゆっくり目に登ると四、五時間くらいかかるようだ。私もここ数日でかなり疲れていたので、歩いていたらヘトヘトになったに違いない。助かったと言うべきか。ラバよありがとう。

再びランチョ・グァダルーペに戻って荷を降ろし、昼食をごちそうになった。トタン板などでできた簡素な家だが、ソーラーパネルとパラボラがあるので、テレビも見られる。奥さんが昼メロを見ていた。周囲の環境とのミスマッチ感がすごい。
日本のように全国に送電線を張り巡らした国ではあまりピンと来ないが、ソーラーパネルとパラボラはインフラの格差を一気に埋める画期的なものだ。チチカカ湖の浮き島ウロス島でもソーラーパネルがついていたのを思い出す。地上波が届かなった場所でも衛星チャンネルで何でも見られる。おそらくその前はランプの暮らしで、暗くなったら寝ていたのだろう。

この牧場は靴作りが上手な人がいて、エドガルも運転手も新しい靴を頼んでいた。牛皮の軽そうななかなかいい感じの靴だ。靴づくりに使う鋲(というか釘だったが)をエドガルが持参してきて、とても喜んでいた。靴底と縫い合わせるのではなく、全て釘を 打っている。釘は遠くまで行かないと買えないのだと。

帰り道、行きによらなかった最後のサイトCueva de Ratonに寄る。驚いたことに高いフェンスの上に鉄条網がぐるぐる巻きについていて、まるで軍事施設か何かのようだ。
「ここは道からすぐの場所だから、管理も厳重なんだ」とエドガル。
盗むものは無いので、おそらくいたずら書きを恐れてのことだろう。ありえる話だ。
近くのINAHの事務所で鍵を借りなければ入れない。車でなんとなく立ち寄って、見てみようという人が少なくないようで、行きにもアメリカ人の年取った旅人が話しかけてきて、「俺は見てみたいんだが、どうすればいい?」と。目玉焼きを作っていた。

ここは顔が黒い人物像があることで知られている。他にない珍しい形だ。体は赤と黒で半々、頭は赤いフードをかぶったようになっている。



エドガルは三日間ずっと私が写真を撮っている間、ひたすら黒曜石探しをしている。石器の破片が結構落ちているのだ。私もいくつか見つけたが、彼がみつけたものの中に十勝石のような赤い模様の入ったものがあった。さらに赤いジャスパーも見つけ、彼はすっかり石探しに夢中だ。見学用の歩道の下、ようやく人独り腹這いになって入れるような所にまで潜り込んで探している。とても大きな黒曜石を見つけた。

エドガルが漢字に興味があるというので、君の名前を漢字に置き換えてやろうかと私。チュニジアでもヘナの模様を書く若い男に頼まれたことがある。
エは江か恵かな、という感じで、ひとつずつ選ばせて、結局、恵怒我流になった。これだと、エドガリュウと読むのが自然だなと後になって気づいたが。喜んでいた。
彼は何を話しても楽しそうに聞いてくれるので退屈しない。妖怪の話がいたくお気に入りだった。
「それは何だ? 人を襲うのか?」
「襲うものもあれば、ただ単に気持ち悪いだけのものもいる。小豆を洗うだけの奴とか」「トトロは好きなんだろ、あれも妖怪みたいなもんだ」
のっぺらぼうというか、大きな口だけがついている女の話(重箱おばけ)が一番気に入っていた。山道の一軒家でお化け退治に来た侍を驚かせ、山を逃げ降りた侍が助けを求めに入った家で「そのお化けはこんな顔でした?」と言ってまた脅かす話だ。
「どうしてそんな恐ろしい話をするんだ。こんな真っ暗な場所で夢に見たらどうすんだよ」
ホセも笑っていた。彼は滅多に表情を変えないのだが。このときは本当に可笑しそうに笑っていた。
翌朝、エドガルに怖い夢は見なかったかと聞くと、大丈夫だったと。
「夢といえば、昨日珍しく女と寝る夢を見た」とホセ。こんな場所で? ことが終わった後、顔をよく見たら口しかついてなかったなんてことはなかったか?と、またひとしきり皆で笑った。

ちょうど夕飯時にムレヘのホテルに戻り、彼をロレトにつれて帰る車の運転手と合流して皆で夕飯を食べた。確か、夕飯もツアーの一部だったような気がしたので、少し高めのエビ料理を頼んだところ、「これは含まれてないよ」と。失敗だ。でも旨かった。高いといっても1500円弱だが。
去年、メキシコの麻薬王が脱獄し、また逮捕されていたが、エドガルの元彼女はその麻薬王をレストランで見かけ、ほっぺたにキスしてもらったと自慢していたそうな。ちょっとしたスターなのだ。

「楽しかった。また来いよ。明日のバスの時間教えてくれ、見送りに行くから」とエドガル。面白い男だ。メキシカンというよりブラジル人のようにも見える。それに、黒い服を来たら17世紀くらいのミッションのようでもある。

疲れたがとても新鮮な体験だった。バハ・カリフォルニアには数百ものサイトがあるが、行ってみたいと思うのは後、二つ三つくらいだろうか。特に、鹿の頭をもつ大きな蛇の絵がある場所に行ってみたい。エドガルもどこにあるかわからないという。INAHに聞けばわかるだろうが。