アルゼンチン岩絵撮影行その7

昨夜12時くらいまでにフェイスブックのメッセージで今日どうしたいか決めてくれと言われていたが、クラフトビールを飲んで寝てしまった。すんません。
朝、「君にぴったりの案を考えたよ」とクラウディオが。
Cueva de las Manosのエリアに戻り、谷をトレッキングした後、再びCueva de las Manosを見学して締める、というものだ。ちょっと疲れがたまってきたし、明日から40時間以上ぶっ通しで帰らなきゃいけないので、あまり長く歩くのでなければと言うと、大したことない、と。
今日はやはり「大理石のカテドラル」に行けなかった女子大学生ナターリャと一緒だ。ブエノスアイレスの大学で観光学を専攻しているという。

行きの車の中でマテ茶を回し飲み。少し甘味がある。
「これ、砂糖入ってる?」と聞くと、ステビアだよ、と。
「砂糖はダメだって、あんなに話しただろ?」
そうでした。
マテ茶はヒョウタンを切ったボール状の入れ物に茶葉を入れ、お湯をそそぎ、器を手で持って金属製のパイプで飲む。マテはこのヒョウタンのことらしい。ヒョウタンの外側には皮が貼ってある。ブラジルで見たものと同じだ。日本で売られているペットボトルのマテ茶はあまり好きではないが、この方式で飲む少し濃い目のマテ茶は悪くない。回し飲みすることで、少し親密になる感じもある。

最初に入った谷にはほぼ干上がった塩湖があった。虫の死骸のようなものがたくさん落ちている。よく見ると大きなヤゴの抜け殻だ。そういえば、こちらではトンボを多く目にする。大きさも色もシオカラトンボに似ている。塩湖でヤゴが生きられるものなのかと思い、乾いた塩をなめてみたが、塩分はそれほど高くないようだ。南米、ボリビアやペルーの塩湖にはリチウムを多く含むものがあり、資源価値が高まっているが、ここはどうなんだろう。


さらに進むと垂直に切り立った岩壁があり、クライミングをしている人たちがいた。


一度車に戻り、さらに別の谷に入る。
急斜面を降りつつ、これは帰りが大変だな...と思っていると、しばらくして、ナターリャが、「私はもう無理。ひざが痛いからここで待ってる」と。
クラウディオと二人でさらに進むことになった。
ピューマの足跡がある。
クラウディオは最初にここに一人で来たとき、ピューマに襲われるかもと考えたら、怖くて仕方なかったという。
ピューマに襲われた人っているの?」
「いや、聞いたことない。でも、鉢合わせする可能性もあるだろ」
ピューマが獲物を引き込んで食べたらしき跡もあった。乾いた川床を歩くと、雪解け水で流れてきたグアナコの骨がたくさんある。


さらに谷を降りていくと、木の枝を積んだ小屋のようなものがある。小屋というより「囲い」程度のものだ。
Alero Charcamataのシェルターに住んでいたガウチョの家の跡だった。Alero Charcamataを出て、ここに移動したのだ。
枯れた低木を積んだだけの小屋が、風の強いパタゴニアで数十年を経て残っているのだから、彼は「ふさわしい」場所にこの家を建てたと言えるだろう。中には石を積んだ椅子やカップが残されている。
周囲数十キロに誰もいないこの谷にたった一人で暮らす孤独とはどんなものか、想像するのは難しい。
彼の人生について知る者は多くないだろう。だが、彼が最後に暮らした谷には、今彼の名前がつけられている。「アルメンドラの谷」と。


「アルメンドラの谷」からさらに奥へ進むと、さきほどロッククライミングをしていた人がいた「カラコル(巻き貝)の谷」に続いている。ダイナミックな地形だ。深くえぐれたようなシェルターもあるが、絵はなかった。おそらく大昔に川のカーブの部分で水流が削ったシェルターだろう。その少し先をトレッキングの終着点として戻ることにした。待たせているナターリャが気になるから自分は先に行く、君はゆっくり写真を撮りながら戻るといい、とクラウディオが。


このへんは棘のある低木が多いが、種がひっつくものも多い。少し歩くとこんなありさま。靴の中にまで入ってきて辛い。

一人で黙々と谷を歩くと、クラウディオが怖くなったというのがちょっとだけわかるような気がしてきた。ピューマが出てくるのでは、という具体的な怖さではなく、この地形から受ける、圧倒的な無力感とでもいうのだろうか。
急斜面を登って車に戻る。たいしたことはないと言っていたが、今回最もきつい歩きだった。

オーラスでCueva de las Manosへ。最初に見学したときの女性ガイドがすれ違いざま、驚いてこちらの顔をのぞき込んでいった。「この人、四日前に来た人と同じに見えるけど...そんなはずないわよね...」という感じ。今日は少し空いていていい。ガイドとナターリャと私だけだ。たっぷり時間をとってくれた。六本指の手形のアップも撮れて満足だ。
やはり撮り逃していた絵があることに気付く。

「大理石の聖堂」に行けなかったのは残念だったが、当初の予定通り、Cueva de las Manosでたっぷり時間をとることはできた。氷河も見ずにこのエリアに限定した旅にふさわしい終わり方だったかもしれない。
見学を終えると事務所でボスがマテ茶を出してくれた。「あんたも好きだね。満足した?」と。
自分が飲んだマテ茶を差し出してくれたのが、ちょっと嬉しかった。それをクラウディオともう一人のガイドと回し飲みして、「手のひらの洞窟」のラストとなった。



丸一日、フルに使って西日の中を走ってペリート・モレーノまで戻った。
「ほら見て、私たち、影よりも速く走ってる」

アンソニー・パーキンス似のクラウディオともかなり打ち解けてきたが、これで終わり。明日は長距離バスに乗ってコモドーロ・リバダビアに行き、国内線に乗り、ニューヨークでトランジットして成田に帰る。ぶっ通しだ。