コロンビア・アマゾン壁画紀行 その3

 夜明け前のけたたましい雄鳥の声から始まって、朝はさまざまな鳥の声やゴウゴウと響くホエザルの声で賑やかだ。時差ボケで眠れないし、敷地内を散歩することにした。いろんな鳥が来ている。滞在中に一度くらい見られるだろうかと期待していたコンゴウインコをあっさり見ることができた。コンゴウだけではない、複数種のインコが来ている。インコはギャアギャア鳴きながら飛ぶので見つけやすい。

 

 

 宿で朝食をとるのかと思いきや、近くの別の牧場まで出かけると。小高い丘の上に立つ家で朝食をとる。ホエザルの子どもがうろちょろしていて、肩や頭に上ってくる。親ザルは先住民に捕らえられて食べられてしまったのだそうだ。このエリアはかつてFARC支配下にあり、広大なコカ畑があった。この牧場ではコカインの製造まで行っていて、砂糖の固まりのようなコカインベースと呼ばれるペーストの形にしていたという。その場所、製造に使っていた薬品類などが訪れる観光客用に保存され、展示されていた。「アンモニア」はわかるのだが、「ガソリン」というボトルもあることに驚く。よくわからないが、粉砕したコカの葉をガソリンに浸して麻薬成分を溶け出させるのだと。

 FARCの資金源であったコカの栽培とコカイン製造がこの地域の経済のほぼ全てであった時代、通貨よりもコカインベースで物の売買をしていたという。子どもでさえ、コカインで飴を買っていたのだというから驚く。作られたコカインは当時麻薬カルテルで有名だったメデジンなどの麻薬取引組織の手にわたり、北米に流れていたわけだ。こうした状況はFARC解体の前に、政府による爆撃で終わったという。麻薬カルテルも今はメキシコの方がずっと力がある。

 現在この地域は壁画の観光に大きな期待をかけている。地域のあちこちに美しい鳥や野生動物の壁画が描かれている。ぼろ家でもカラフルな鳥や動物の絵で飾られるとなかなか悪くない。見たところ画家は同じ人だと思うが、このアイデアを出した人は賢かったと思う。絵の数は数十では収まらなかっただろう。画家も大変な仕事だったにちがいない。

 観光事業が順調に拡大していた矢先にコロナ禍になり、約2年の停滞があったが、ようやく再開されたわけだ。この2年間はサンチアゴも仕事がなく、牧場で働かざるをえなかったという。

 

 

 今回訪れるのはSerrania la Lindosa 「リンドサ山地」と呼ばれる岩山群だが、これはベネズエラやブラジルまで広がるギアナ高地の一部で、規模は小さいが上面の平らなテーブル状の岩山が連なっている。この日はこのエリアで最も有名な壁画のあるCerro Azul(青い山)に行くことに。

 リンドサ山地の壁画を見学する者は受付をして、現地の住民のガイドを伴うルールになっている。これはバハ・カリフォルニアと同じだ。きちんと地元に還元されるように配慮されているわけだ。この日はトゥカノ族の70代の男性といっしょになった。彼は壁画が発見された70年代の最初の調査行に同行したという。ということは、トゥカノ族は壁画の文化と直接的なつながりは無かったということになるのだろうか。

 

 

 Cerro Azulの中腹の壁画のある壁面は遠くからも見てとれる。アクセスは少し急な登りを数十分という程度だが、今回は重いレンズ3本と三脚に加え、パノラマ合成用の特殊な雲台Nodal Ninja、GoPro Max、3mの自撮り棒と荷物がとても重く、疲れていたこともあり、結構きつかった。気温も高いが湿度が高い。Nodal Ninjaはサハラの壁画のパノラマ写真を多く撮ってこられた英さんにお借りした。

 途中干上がった沢を越えたが、ジャガーの足跡がついていた。

 この岩山には3つの壁画サイトがある。先ずメインの壁面に着くが、写真でイメージしていた以上に大きい。左右は10m近く、高さは5m以上ある。壁面はとてもスムーズで、もしかすると一部削って滑らかにしたものかもしれない。絵は整理されたスタイルで壁面を埋めており、モチーフの密度や大きさも揃っている。おそらく一人の人間が描いたものだろう。なんらかのコンテクストに沿って見るように秩序だててあるようにも見える。こんな様式の壁画は初めて見た。

 この壁面の絵は鮮やかであまり経年劣化が感じられないものになっている。下の方は赤く染まっていて、写真を見たときは厚く重ね描きされてきたためのものだろうと思っていたが、実物を見るとどうもそうともいえない。赤く塗りつぶしたように見える。これにも意味があるのかもしれない。

 

 

 この地域の最も古い人間の活動の痕跡は発掘調査による遺物の炭素14の分析により1万2600年前という年代が出ている。また、壁画の剥落したものの測定値として、紀元前8241年という年代が出ているという。絵の状態を見るに、このCerro Azulのパネルがそこまで古いとは思えないが、エリア全体でみるとそれだけ長い壁画の歴史があったということのようだ。

 壁画のモチーフは様々な動物、鳥、人間、そして凸凹、ジグザグ、雷紋などの抽象的な模様だ。これらの模様について、調査をしたエクセター大学のレポートを見ると、これは眼閃と呼ばれる目を閉じた状態で見えるパターンと同質のもので、おそらくシャーマンが幻覚作用のある植物を使って見たものかもしれないと。

 先史時代の壁画に描かれることの多い波形やジグザグ模様と幻覚剤の作用で見えるパターンとの共通性については近年盛んに指摘されている。アマゾン地域の文化を考慮すると、壁画はシャーマンのヴィジョンと結びつけて考えるのが妥当だというのがエクセター大学の調査報告だ。発掘調査では幻覚作用のある植物の種も出土している。この報告を受けたBBCの番組で昨年、リンドサ山地の壁画が「新発見」であるかのように、大きな話題になったが、実際は20世紀後半に考古学者たちの調査が入っている。ゲリラに支配されていた時期が長く、あらためて注目されるようになったということで、新発見ではない。

 

 


 早速三脚にパノラマ撮影用の雲台を付けて部分撮影を開始したが、どうも使い慣れていないので、手持ちによる部分撮影も行う。午前中に訪れることが出来たのはよかった。昼を過ぎると太陽光が壁面に当たるようになり、手前の木の葉の影が壁面に落ちるからだ。事前に検索したところ、全体にフラットに光があたっている写真もあれば、木の影が多くおちているものあった。どの季節に撮ったものかなど、調べようともしたが、もうスケジュールは決めてしまったのだから仕方ない。

 幸い、他の観光客もいないので、ゆっくり時間をとることができた。乾期なので雨も少なく観光にはいいシーズンと紹介されていたが、サンチアゴに訪ねると、一番観光客が少ない時期だという。雨期には川藻がカラフルに染まり、レインボー・リバーと呼ばれる場所などがあるため、雨期がハイシーズンなのだと。

 今回壁面の上の方も撮りたかったのと、周囲の環境も保存したかったので、GoPro Maxも持ってきて、3mの自撮り棒も持参したのだが、自撮り棒とGoProを繋ぐアダプターが無い。てっきり日本で外れてしまったのに気付かずに来てしまったかと思ったが、2日後に車の中で見つかった。棒をスーツケースから出したときに転がり落ちたようだ。

 Cerro Azulには複数の壁画があるが、現在公開されているのは3つだ。それぞれ隣接しているが、このことが出発前にわからず(質問してもどういうサイトなのかきちんとした返事が来なかった)混乱していたのだが、行ってみると2つ目の壁面が最大だった。

 2つ目のパネルはエクセター大の資料では「El Mas Largo」=The longestと名づけられている。案内板にその名はなかったが、たしかにかなり長い壁面だ。メインのパネルほど密度濃く壁画で埋められているわけではないし、描き方もかなりランダムな感じだ。メインパネルよりも風化が進んでいるようにも見える。

 

 

 このサイトで注目されるのは、かなり高い場所に描かれた3匹の動物だ。これはスペインのコンキスタドールが持ち込んだperros de guerra、軍犬ではないかという。頭と首・足に武具をつけている姿だと。だとするとこの絵はせいぜい数百年しか経っていないことになる。左に立つ6人の細長い人物像は一見両手を挙げているように見えるが、同じようなポーズで四本の細長いものを延ばしている絵もあるので、これは手ではなく他のものかもしれない。

 ら旋状のものを持つ不思議な人物像もある。四角形の中にドットが打ってあるものやこの紐状のものを農耕と関連づけて見る向きもあるようだが、おそらく100年以上前であれば、基本的に狩猟採集民が描いた絵なのだと思う。畑もやっていたかとは思うが、これほど整然とした区画をもって農耕をしていたか、ちょっと疑問がある。

 座禅を組む人のような姿も面白い。ガイドのサンチアゴは「ヨガ」と言ってたし、エクセター大のレポートには「瞑想」とか書いてある。ポーズから連想しても仕方ないと思うが、壁画のモチーフがシャーマニズムと関わりが深いとしたら、浮遊する姿というのはあるかもしれない。

 

 

 3つ目の最後のパネルもかなりの面積がある。左右二つに分かれているが、右側の壁面の目立つモチーフが向かい合うバクの姿だ。このため、この壁面は「Dantas(バク) panel」とも呼ばれているようだ。バクは狩猟の対象でもあった。

 大きな蛇の絵もある。アマゾンなのでアナコンダではないかと。その右上にはさきほどの軍犬の絵の横にあった細長い人物像と同じポーズで三本、四本の棒状のものを上にかかげる人物像が。これを見ても、軍犬の横に描かれた人物は両手を挙げている姿ではなく、何か細長いものを持って掲げている姿なのだとわかる。

 

 

 3つ目のサイトで最も注目されているのは、左側のパネルに描かれた大きな動物の絵だ。これが絶滅した巨大ナマケモノではないかと一部で(考古学者もふくめて)言われていて、BBCの番組でも取り上げられたため、大きな話題になった。人間がこのエリアに住むようになった時代(紀元前1万年頃)に巨大ナマケモノがいたことは確かだが、この絵がそれほど古いのかということについては異論が多く、これはカピバラだろうという見方も多い。ただ、カピバラとされている他の絵とかなり形が違うし、足先の爪が強調されているのも特徴的だ。カピバラにはこんな指や爪はない。また、この動物が同時に描かれたとみえる周囲のモチーフと比べても大きさを強調するように描かれていることも確かだ。子連れのように見えるが、巨大ナマケモノがこうした子育てをするのかどうかなども考慮に加えてもいいのかもしれない。また、この動物の左上には斑点のある四つ足の動物が二体描かれており、これはおそらくジャガーだろうとされているが、この動物の頭や足先についている円形のものは二番目のサイトで軍犬とされていた動物に描かれていたものと同じように見える。左側に何かを高く持ち上げている人物が描かれているのも同じ。ただ、これだけ斑点が強調されているのを見ると、犬らしくはない。形から動物の種類を判断するのはなかなか難しい。

 これら以外にも実に多くの動物や鳥の姿が描かれていて、アマゾンの生物多様性が反映されたものになっている。それぞれの動物にどのようなキャラクターが、物語が与えられていたのか、絵から伺うことは難しいが、ブラジルのアマゾン地域の先住民の研究などが解釈の助けになる可能性があるかもしれない。先住民のコミュニティでは言葉も異なる他部族から結婚相手を選ぶことがルールになっていたこともあり、これを繰り返すことで複雑な言語体系と文化的なネットワークが生まれたのだとも言われている。私がガイドのトゥカノ族の男性に、ここの壁画はブラジル北部のものと似たところがあると言うと、彼はブラジルの部族とも関わりがあるのだと言っていた。もちろんそれはブラジルのアマゾンの中のことで、似た壁画のあるブラジル北部の話ではないだろう。

 現地で細部をみていくとかなり時間がかかるので、一通り撮影が終わったら移動することに。

 

 

 このパネルの最後に、もうひとつ見どころがあるとサンチアゴが言う。親子連れのように見える人物像だ。エクセター大学のパンフでは、この絵はトゥカノ族に伝わる母親と二人の娘の物語の要素を全てそなえていると語った人がいるという。

 夫を亡くし、女手ひとつで二人の娘を育てていた女性が森で一人の男に会い、子どもらに内緒で逢瀬を重ねるが、これに気づいた娘たちが男に毒を盛って殺してしまう。男の遺骸はシロアリの巣に変化した。女は妊っていて赤鹿を生む。女は鹿を娘たちから隠していたが、見つかってしまい、鹿は森に逃げてしまった。激怒する母親から娘たちは森に逃げ込み、ホウカンチョウという鳥になった。母親は娘たちのために作ってあった食事を怒りに任せて全て平らげると、死んでしまい、男の亡き骸であるシロアリの巣の横で同じくシロアリの巣になった──という話。

 大きな人物と二人の子どもらしいシルエットがあり、左には鹿の姿もある。中央の二人の人物の足がまるで鳥の足のように見えることもこの絵を民話と結びつけることに繋がっているのかもしれない。ただ、左の鹿には子どもも描かれていて、それはどうなんだろうか。

 

 

 山を降りて、農家で遅めの昼食をとる。豆のたっぷり入ったスープと魚の唐揚げ。付け合わせにフライドポテトとプラタノを潰して揚げたものがついている。全体にファストフードのプレートのような感じに見えるけど、これが定番。ただ、スープだけでほぼ満腹になってしまい、とても全部食べられないので、女主人に「ごめんなさい。おいしいんだけど、お腹がいっぱいで」と。サンチアゴはよく食べるので、以後は彼に助けてもらうことにした。

 この農家は女主人が花好きで、鉢植えや木についたカトレアなど、花でいっぱいだ。彼女の名前がフロル(花)なのだと。農場に「庭」と名づけた。これから観光客が大勢来るようになるだろう。

 



 比較的早い時間に宿に戻る。疲労困ぱいしてしまって、日が暮れるまでベッドでぐったりしていた。サンチアゴが、後で「お前、死んだような感じになってたぞ。よっぽど疲れてたんだな」と。

 パノラマ撮影用の雲台を使った写真をざっとカメラのプレビューで見ると、どうも上下の重なりが不十分に見える。これは失敗したかもしれない。さてどうしたものか。