インド 地上絵・壁画撮影行 その0

明日、2月17日からインドに地上絵と壁画の撮影に行くことになった。先ず、西海岸のムンバイに。そこから南へ250キロ以上下って、Ratnagiriという町に。この町の北と南に地上絵というか、平らな岩盤に彫られた大きな刻画が数多く見つかったのが約10年前。ニュースを見たときは、情報がとても少なく、場所もはっきりしなかったが、今回あらためて調べたところ、相変わらず情報は少ないが、Googleマップに場所が記されているものも多く、さらにユネスコ世界遺産に登録申請しているため、主な場所の座標がわかった。

ただ、現地に行ってなんとかなるかどうかはよくわからない。時間も限られているので、あれこれ探しているうちに時間が過ぎていくかもしれない。ネットでこの壁画の見学ツアーを組んだことがある旅行会社が二つ見つかったので、連絡してみると、一つから返事があった。場所を知っているガイドと連絡してみると。

そのガイドとなかなか連絡がつかないというので、こちらで場所だけはほとんどわかると言うと、ガイド無し、運転手のみでムンバイからツアーを組むことはできると。宿泊は自分で予約するから車の手配だけでいいと言うも、それはできないと。宿泊込みでないとダメだと。価格を提示してもらうと結構高い。というか、これが南米とかだったら納得する値段ではあったが、インドの物価を考えると高い。どうしようか。

そうこうしているうちに、東京国際サイエンスさんから、いつもミネラルフェアに来ているMono Internationalさんはムンバイだから、連絡してみたらと。ご主人に連絡してみると、「私に任せなさい」と。なんと頼もしい! あれこれやりとりしていたのだが、どうも互いの英語でのやりとりがうまくいかないところがあり、最後は私が旅行代理店とやりとりしているということを、もうそこと契約してしまったと彼が誤解し、そのまま彼はアメリカへと旅立っていった。なので、結局、振出しに戻る。

自分で現地の町まで行ってタクシーに頼めば安くすむし、問題ないのではとアドバイスももらったけれど、もしそれでGoogle mapの位置情報がズレていたり、英語が通じるドライバーを手配するのに時間がかかったりすると、全部のサイトを回れないかもしれない。迷った末、最初の旅行代理店に頼むことにした。が、幸い、現地の考古学者が案内してくれることになり、結果的には自力で行くよりもよかったように思う。場所が特定できても点在するレリーフのいくつかを見落とすかもしれない。現時点でわかっていることを教えてもらえるのもありがたい。

ということで、初インド旅行に。

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その16

グループと別れて、この日は英さんと日帰りツアーに出る。タッシリ・ナジェールで行きたいと思っていた場所はだいたい行けたのだが、周辺にはまだまだ見たい場所があった。特にTin Taghirtの刻画はこの地域を代表するものの一つなのだが、アンドラスのツアーの後半に組み込まれていることが多く、未だ行けていなかった。いつか見たいと思っているとTwitterに書いたところ、それを見た英さんから一緒に行きましょうか、とお誘いが。ジャーネットはからかなり遠いと思っていたが、200キロほどで、日帰りで十分行けると。これは嬉しかった。

朝日が水平な岩盤に彫られた刻画を横から照らす時間がベストなので、6時過ぎに出発する。運転手とコックのムハマッドが同行してくれた。

Tin Taghirtは比較的幹線道の近くにあり、アクセスは容易だった。受付があり、ガイドとともに靴を抜いで岩盤の上に上がるようになっている。かなりの数の刻画がある。タッチや技法を見た印象では、いくつかの異なる時に彫られたもので、巧拙の差も大きい。

 

 

一番有名なのは牛の刻画だが、ほぼ実物大の牛が渦巻き模様などとともに彫り込まれている。すばらしい。魔術的といっていい美しさがある。深く彫られた刻画だが、有名なジャーネット近くの「泣く牛」とも違うタッチだ。似たものはもっと北にあるDjoratにもあり、門田修さんの写真集に渦巻きとサイの刻画の組み合わせが掲載されている。

 

 

この渦や紐をねじったような形にはどういう意味があるのだろう。広い壁面に様々な動物の刻画があるが、この様式はこの牛の絵にかぎられている。

「眠るアンテロープ」も有名な刻画だ。1000ディナール紙幣にもこの絵が使われている。タッチからして、これも牛と同時代のもののように見える。

 

 

他にも、キリン、象、サイ、ダチョウ、ウサギ、人間、人間のサンダルの足跡など、様々な刻画がある。判別しにくいものもあるが、これほど多くの刻画が集中している場所も珍しい。

 

 

さらに北西に進み、Tikadiouineへ向かう。これについては、実はスケジュールに入っていることがわかっておらず、到着してはじめてこの壁画の場所かと驚いたのだった。

そもそもタッシリ周辺のGoogle Mapにもネットの情報にも、どの壁画がどこにあるかなど、ほとんどマークされていない。位置関係がよくわからないのだ。

 

 

Tikadiouineはイヘーレン様式の壁画で、保存状態もこれまで見た同時代のものとは比べものにならないほど良い。直射日光があたらない天井に描かれているが、光があたらない場所というわけでもないのに、なぜそこまで状態良く残っているのか不思議だ。

これまで見たイヘーレン様式の絵は、牛の群れと牛に乗って移動する女性たちが多かった。それか、ライオン狩りの場面か。ここに描かれているのは、男達が動物の肉をさばいているらしき場面だ。長い刃物をつかって肉をそぎ落としているように見える。

 

 

壁画の撮影を終えて、車に乗ろうとすると、ムハマッドが「あそこにムフロン(バーバリシープ)がいる」と。遠くの岩山の方を指さす。指さす方向を見てもわからない。

「どこ?」

「ほらあそこだよ」

彼が指を向けている先にカメラの120ミリのレンズを向けるがそれでもよくわからなかった。

帰国後に拡大して、ようやく理解した。驚くべき視力だ。いや、形をはっきりと視認しているというより、どういう場所にどういう動く形があるかで、それが何かを認識しているのだろう。「見る力」は環境に培われた力なのだろう。

少し移動して、やはり壁画のある小さなシェルターの蔭で昼食をとった。ムハマッドがつくってくれた、ジャガイモとツナとトマトをビネガーであえたものだ。おいしい。昨日までのカサカサの食事とは雲泥の差だ。私は旅先でおいしいものを食べたいとか、あまり思わないタイプなのだが、二週間のカサカサ・ドロドロを経た後では、料理ってすばらしい...と実感するのだった。

 

 

アルジェリア来るのは三度目だが、あまり町を歩く機会がなかった。町に、マーケットに寄ってほしいと頼むとアーケードの前に駐車した。中に入ると、衣料品や土産物や化粧品などに特化したマーケットだった。食料品が売っている所が見てみたかったのだが──。それにしても活気というものが全くないマーケットだ。英さんと値段交渉をしたが、あまり値引きもしないし、売れても売れなくてもいい、といった感じだ。トゥアレグのクロスを買った。決して安くなかった。チュニジアで買ったときの倍以上しただろうか。日本の通貨価値がさがっているからなのか、ここ二〇年ほどで世界の物価がそうなってきたのか...。

 


宿に戻り、荷造りをする。アルジェに飛ぶ便は夜2時15分発だ。ただでさえ遅くところにもってきて、なぜか出発が1時間以上遅れた。特に説明も無し。

3回目のアルジェリア行きが終わった。サハラにはリビア、エジプト西部、ニジェール、チャドと、他にも壁画の多い場所が多くあるのだが、今、どこの場所も訪れるのが難しくなっている。チャドは行けると思っていたが、つい最近観光客が襲われる事件があるなど、治安も悪くなっているようだ。ニジェールもクーデター後の話が全く聞こえてこない。いつか行く機会はあるだろうか。

 

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その15

タッシリの台地を降りる日。昨年上がった道を下る形になるのだが、ラクダが降りるには急すぎるので、ロバに荷物を積みなおす。ラクダたちよ、ありがとう。

しかし、やはりロバの目にじっと見られると、「すみません...」という気持ちになるのだった。

 

 

標高1700mから約500mの下りだ。この日はただ降りるだけで途中壁画は見ない、と言ってはいたが、少しはあった。この女性像はフォルムがいい。

 

 

途中昼食をとったあと、私と英さんだけ違う筋を降りてしまった。

ずっと下まで見通せる所でも、先に行った人たちが見えない。

「もしかして道を間違えたかな」と。だんだん心配になってきた。道はちゃんとあるので、下に降りられることは確かだが、我々が別のルートを降りているということは知らせる手段がない。

どうするか...。本来の道の下り口まで、GPSを見ながら移動するしかないかな、と思っていたら、上の方から声が。ハンス・ペーターのお孫さんのエルマーだった。

「君らは違う道を降りてるけど、そのまま行って。降りたら待ってるように」と。彼はアメリカでフリークライミングまでやった人で、こんな程度の山歩きは何の問題も無いし、地図を見て、別のルートがあることを知って確認に来てくれたのだ。ありがたい。

結局、他のみんなが行った道とそれほど離れていなかったので、簡単に合流できた。

下に降りて、コーラが飲みたいね、などと話しつつしばらくして、車が迎えにきた。これで今回のタッシリのトレッキングは終わり。風邪をひいただけでなく、足の裏が痛くのがきつかった。次回こんな風に長く歩くときは、新しい靴で歩くのはやめておこう。

 

 

ジャーネットに戻り、シャワーを浴び、髯をそる。ただ、私と英さんにはもう一日ある。2週間ぶりにインスタントでない食事をとる。クスクスに煮た野菜と羊肉を乗せたものだ。おいしい。日本から持ってきたエビせんをみんなに食べてもらった。外国人に人気の菓子の第1位はエビせんらしいので。

エビせんが個包装されているのをみて、みな、「え?袋に入ってるのに、さらにひとつずつ包装されてるの?」と。これが日本です。過剰包装です。ただ、それを全て否定すると、自分の職業にもかかわってくる。

袋に「約18枚」という表示があったが、それを見たブルーノが、「え、年齢制限があるの?」と。

 

 

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その14

Tan Zumaitakにキャンプし、早朝から再び見事な壁画のある大きなシェルターに向かう。壁面は太陽と反対方向に向いていたので、かなり暗かったが、一部穴が空いているところがあり、そこから光が入ってきて、だんだん全体がいい色になってきた。

三脚を持ってきたので、ここで初めて壁画撮影に使う。でないとISOが1200とかになってしまうので。

本当に素晴らしくいい壁画だ。ずっと見ていて飽きない。体にドットでつけられているのは瘢痕文身だろうか。頭の飾り、首につけた飾りは何で出来てるんだろうか。

 

 

左の人が腕や手首にかけている白い房状のものは何だろうか。この二人、そして右向きで棒のようなものに手を伸ばしている人には細長い乳房がついている。ということは、最初の並んでいる二人は男性だろうか。

 

 

小さな人に手をのばす女性像がある。狩猟採集民の時代の壁画のモチーフは妊婦のものがとても多い。ここに描かれている女性たちもお腹が少し膨らんでいるようにも見える。小さな人は、赤ん坊というより、これから生まれてくる命の象徴、魂みたいなものかもしれない。

 

 

この左側の動物はヘタすぎてなんだかわからない。中央と同じバーバリー・シープだろうか。右端のクラゲみたいなものも、何なのかわからないようだ。この二つはタッチからして違うときに描かれたものだろうけれど、どちらも狩猟採集民の時代だ。

 

 

三脚を使っての撮影がひととおり済んで、別の場所に撮影に行くが、すぐにここに戻って、またパノラマ用の撮影をした。

マイケルも当然三脚を使ってハッセルで撮影。ディテールをプレビューで見せてくれて、すごいでしょ、この解像力、という顔をする。確かにすごい。

 

念願叶って嬉しかった。もっといても飽きなかったと思うが、出発。前回も訪れたTamritに向かう。谷に降りると衝撃的なものを目にすることになる。

 

 

タッシリの固有種で樹齢2000年を超えるといわれるイトスギの巨木が何本も完全に立ち枯れてしまっている。部分的にではない。完全に枯れてしまっているのだ。

 

 

ここ半月ほどの雨で、谷には細い川が流れていたが、今夏はかなり気温が高かったようだ。土中の水分が完全に失われてしまったのかもしれない。今年の8月の衛星写真ではまだ緑色に見える。その後で枯れたということか。wikipediaによれば、233本しかない絶滅危惧種だ。気候の極端化はさらに進むと考えられているので、絶滅が心配される。

なんとかこの川の水で復活してもらえないだろうか。

 

前回も見たイヘーレン様式の絵を再び撮影。赤いドットは全て羊の頭の部分。昨年書いたブログでは戦闘場面としたが、槍を振り上げる姿など、イヘーレン様式定番のライオン狩りの場面で、ライオンの部分が消えていてわからないのかもしれない。振り下ろした槍の先にあるのは、転んでいるような形の人の片足なのだが、この倒れた人を皆で追い回して殺そうとしている場面というのは、あまり考えにくいような気もする。

 

 

Tamritで昨年見ていないエリアがあったため、しばし探索。双頭の蛇の絵を探すが、なかなか見つからない。ようやくとても低いシェルターの、ひさし部分の裏側に見つかる。これは舟なのか、蛇なのか、ということで議論があるようだが、アンリ・ロートは舟だと解釈していたようだが、同じモチーフのものを見ると、舟ではないことはわかる。両端に頭がついていて、両方に向けて弓をひいたり、手を上げたりしている人たちとセットで描かれているからだ。(画像補正)

 

 

ロート隊の複製画にもある、象が三頭かたまっている絵も見る。象の絵で、こうした動きを感じさせるものは初めてみた。上にあるキリンの首の模様みたいなのはなんだろう。(画像補正)

 

 

ひととおり、エリアを探索し、さすがにもう見る所はないかなとなっていたとき、ガイドのブーバカーが来た。戻りが遅いので、様子を見に来たんだろう。彼はいつもこうしたタイミングですっと現れる。

「こっちのは見たのか?」と。そこはちょっと岩陰に隠れていて、入り口がはっきりせず、見落としていたエリアだった。入ってみると数多く壁画のあるシェルターが。トゥアレグのガイドはマイナーな壁画の場所はそんなに詳しく知らない人が多いようだが、さすがに彼は経験が長く、いろんな場所を知ってるんだろう。

 

 

明日は最終日。台地を降りていくだけだ。

 

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その13

幸い、寝て起きたら、かなり体調が良くなった。

朝食時、テントをたたんでいた英さんが「サソリだ!」と大きな声を上げる。見に行くと、大きな黒いサソリがクモをくわえている。砂のような色のサソリは前に見たが、こういう色の大きなものは初めて見る。皆で写真を撮って追いかけ回したので、気の毒に最後は岩壁をどんどんと上に上って、逃げていった。

クーンによると、サソリ除けのため、ハリネズミを家の周りで飼う人も多いのだそうだ。彼は昨夜、テントの回りを歩き回るハリネズミの足音(?)を聞いたのだと。

 

 

 

Ouan Benderを出て、Ouan Derbauenに向かう。昨年も訪れた場所だが、まだ見ていない場所があるというのも理由だが、要するに南に向かって、昨年のコースを逆に辿るようにして台地から降りることになる。

道は勾配のきつい岩場もあったので、ヘルムート、ガートルード夫妻もラクダではなく、徒歩で。

Ouan Derbauenでは、昨年も撮影したイヘーレン様式の大きなキャラバンの絵をもう一度撮影する。アンドラスがDStretchで良い効果を得るには、フラッシュをたいて、少し露出オーバーくらいの感じで撮るのがいいのだと。昨年彼が送ってきたDStretchの画像は私がやったものとくらべものにならないくらいディテールが良く出ていて、ちょっと驚いたのだ。撮り直したもので再度試みたが、やはり彼の写真ほどの成果は得られなかった。彼はペンタックスのカメラを使っているが、センサーの違いもあるのかもしれない。

 

 

この壁画、ごく一部かすかに色が残っているが、元は本当に緻密で素晴らしい仕上がりの絵だっただろう。もう少し状態良く残っていればと思わずにいられない。5000年も経っているのだから、仕方ないのだが。

 

何かと議論の多い壁画も再見。この絵の複製画を見たフラニ族出身の作家ハンパテ バーは、Tissoukaiの丸い幕と牛の絵同様、この絵もやはり、ロトリと呼ばれるフラニ族の伝統的な儀式と同じものを表してると言っている。牛のまわりにある細長いものの先端には動物の頭が描かれていて、これを神聖な蛇と見るのだが、壁画を前にして、蛇には見えないな〜、とか、この足がいっぱいあるようなのはムカデに見える、とか、皆思い思いに言うのだった。

 

 

この壁画のロート隊の模写は、現在複写を保管している自然史博物館にないが、かつて複製画の展覧会が世界を巡回したときには展示されていて、英さんが購入した1964年の日本のカタログの中に挟んであったチケットはまさにこの壁画の複製画だった。現在この複製画の所在はわからなくなっている。どこかに眠っているのだろう。

複製画を見ると、たしかに蛇のような姿の生き物がたくさん描かれていることがわかる。なんにしても、とても興味深い絵だ。

 

 

帰国後に複製画をあらためて見て気付いたが、私が撮影した範囲は十分ではなかった。肉眼では見えないし、DStretchでも出てこないかもしれないが、もっと広範囲に撮影するべきだった。こういうことは多々ある。

 

昨年訪れた場所でも、全く気付かなかった面白い壁画があった。ちょっとマンガ的なシチュエーションに見えるものだ。その場で見たときは、風呂上がりの女性がバスタオルの上から胸をおさえて、前を行く男達を追いかけているような感じに見えたが...。これはどういう状況を描いたものなんだろう。前を歩く二人は頭の部分が消えている。

 

 

Ouan Derbauenを出て、Tan Zumaitakに向かう。ここが私にとって今回最大の目的地だ。タッシリの壁画といえば、セファールの巨人かTan Zumaitakの壁画が紹介されるといってもいいほど、タッシリを代表する狩猟採集民時代の壁画なのだ。前回のツアーでも予定に組み込まれていたのだが、時間が無くなって、行かないことになった。未踏査のエリアを見ることが優先されたのだ。そのときは本当にがっかりした。

Tan Zumaitakの大きなシェルターの前に立ったのはもう5時近い夕暮れどきだった。やはり素晴らしくいい壁画だ。狩猟採集民時代のセファールの巨人などの素朴で力強いラインの絵も良いが、この壁画は繊細で、しかも描かれているものも面白い。そしてなにより、保存状態が圧倒的に良いのだ。翌日の午前中もここでたっぷり時間をとるという確約を得て、この日はざっと見て、おおまかに写真を撮るだけにとどめた。

 

 

このツアーは壁画を見ることに特化しているため、たくさん写真を撮る人が多いのだが、面白いのは、いちばん重装備で来ているマイケルが、限られた場所でしかシャッターをきらないことだ。彼は昨年のツアーでは私と同じD850を持ってきていたが、今年は出たばかりのZ8に乗り換えていた。そして、例によってZeizの単焦点のレンズを何本も、三脚はジッツォの重いものを持ってきている。そして、驚いたのは、今回ハッセルブラッドの中判カメラ(デジタル)を新調して持ってきていた。ボディだけで100万円超える。彼が持ってきているカメラとレンズ全部合わせると500万くらいするかもしれない。それなのに、あまり写真を撮らない。禁欲的なのか新しいもの好きなのかよくわからない。私のようにたくさん撮って後から選ぶ、という態度とは真逆だ。フィルムカメラでの経験が長く、そういう態度が染みついているのかもしれない。

ドイツ人のハンス・ペーターは小さなコンパクトカメラとライカの一眼のフィルムカメラを持ってきている。フジフィルムのポジフィルムが手に入りにくくなっていると、こちらもここ一番のところでしかライカは使わない。フィルムの入荷待ちのウェイティングリストに登録しているというので、「日本で買って送りましょうか?」というと、「いや....。私が何歳か知ってるか?(84です) もうそんなにたくさん写真を撮る時間は残されていないのだよ」と。私よりもずっとしっかり歩いているように見えるんだが。

 

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その12

この日はOuan Benderにキャンプをはったまま、エリア内を探索する。体調悪いので、移動距離が少ないのは助かる。

Ouan Benderにはあまり背の高い岩はない。テントをはった場所は下部が大きく削れて、長いひさしがせり出したような形の場所だ。雨除け、日除けにはいいのだが、この形からするとかつては激しい水の流れのあった所なのかもしれない。ここまで下の方が削れるのは水流によるものだろうから。念のため二日前の雨の跡を見たところ、大丈夫そうだった。そういうことばっか言ってると、「そういう悪い予想ばかりしてちゃだめよ」とマグディが言うのだが。自分もひどい目にあったのに。

 

 

あまり鮮明ではないが、かなり上手な牛の群れの絵がある。イヘーレン様式の絵とみえる。牛に人間のような目を入れるのはイヘーレン様式の特徴だ。

 

 

擦れていてよくわからないものも多いが、いわゆるラウンド・ヘッドと呼ばれる狩猟採集民時代の絵も多い。

今回だけでなく、これまでに見たタッシリの壁画の中でも最も奇妙な絵があった。ラウンド・ヘッド時代のもので、三人の異形の者たちだ。扮装なのか、精霊のような想像上の存在なのかわからないが。かなりかすれていたが、アンリ・ロート隊が模写を残しているので、現地でそれと見比べつつ確認した。左端の人物の巨大な鼻のようなものは何だろうか。ちょうど顔の部分が消えているので、これが顔とどういう繋がりかたをしているのかいないのか、よくわからないが。日本の妖怪にも似た味わいがある。もうちょっと濃く残っていてくれたら。惜しい。

 

 

ほとんどが薄くなっていてよくわからないが、DStretchで補正すると、ラウンドヘッド時代の踊る人などがたくさん浮かび上がってくる。セファールで見たものと比べるとかなり稚拙なものが多いのだが。

 

 

定番の腰をかがめて踊る人たち。

 

 

これもDStretchで補正して全体がわかったのだが、アンテロープのような頭の半人半獣の姿が。

 

 

1950-60年代にタッシリの壁画調査隊を編成し、数多くの複写画を作成させたアンリ・ロートは、タッシリにはエジプト文化の影響があるという自説をもっていた。たしかにこれなんか、角がなければアヌビスのようにも見える。ただ、この考えは広く支持されることはなかった。時代考証的にも無理があるので。

アンリ・ロートは毀誉褒貶のはげしい人で、水で濡らして、輪郭を木炭や鉛筆でなぞるような手法も大きく批判されているが、隊員の仕事がかなり過酷だったようで、調査隊に参加した人たちから良く思われていない面がある。ロート隊の複製画家のひとりは、自分が砂漠で苦労しているときにパリにいるロートをからかってやろうと、ロートのエジプト文化説に沿った「複製画」を描いた。ロートを喜ばせた後で嘘だと告げ、がっかりさせよう、もしくは恥をかかせようとしていたが、結局言い出せずに、しばらくはこれが本物として通ってしまったという。

 

 

同僚たちが作った偽の化石(クモの巣とか、カエルとか)を本物と信じこみ、業績として発表してしまった「ベリンガー事件」にも通じる話だ。あきらかに作り物の「化石」を本物と信じているヨハン・ベリンガーに、同僚たちがあわてて「きみをからかうために作った偽物だから」と告白するが、自分の功績をやっかんで言っているに違いないと受け付けなかったという。立派な本まで出してしまった。

このアンリ・ロート隊の絵のように、あからさまな偽造はともかくとして、画家が遺跡の美術などの複写をする際に、必要以上に整えてしまったり、自分が馴染み深い様式に寄せてしまったりすることは、初期の考古学的調査では少なくなかった。マヤ遺跡調査の初期の模写など、まるでエジプトの壁画かと思わせるものもある。画家の美意識やくせのようなものを厳しく抑制しないとそういうことは起きがちなのだろう。

ロート隊の模写も、この偽造以外にも、想像で書き足しているところなど、恣意的な部分が多いと考えている人は少なくないが、今回ご一緒した、サハラの壁画を数多く見てこられて、ロート隊の模写と逐一比較されてきた英隆行さんは、全体にかなり正確に複写していると考えている。

hanafusa.info

私も数は多くないが、これまで見たもので、あきらかにおかしいと感じたものはない。現在は見えない部分も多いが、ロート隊の調査に参加し、水で濡らして撮影したラジューの写真などと比べると、かなり正確に模写しているように見える。実物と異なることが多いのはモチーフごとのスペースというか、配置だ。実際は1メートル以上離れた所にあるものをすぐ横に書いていたりすることはある。これは紙幅などの関係で、かぎられた素材に詰め込むために行われたことだろう。

 

ところで、スプーンが見当たらなくなってしまった。夕食はみなドロドロしているので、フォークだと食べにくい。幸い(?)、アルミスプーンの先っちょが落ちていたので、使うことにした。見たところ手作りのような感じの凹凸があるスプーンだ。いつごろのものだろうか。

砂漠でキャンプしていると何もかも砂まみれになっていって、食べ終わった皿やスプーンも砂で洗ってから拭いている。なので、何十年前のものかわからないが、砂に埋もれていた誰かが使ったスプーンであっても、何も気にならない。(これがプラスチックだったら、ちょっと使う気がしないだろうけれど)

 

 

この日の午後が一番体調的にはきつかった。昼、クラクラしてきたので、少しテントで休んだ。あんなに見つからなかった壁画が...なーんだ、自分のテントの壁にかいてあったんだ、早くみんなに知らせないと...というへんな夢を見た。

 

夜は少し調子が良くなってきたので、キャンプと天の川を撮影した。旅を始めたころは真夜中に細い三日月が昇ってきたが、だんだんと太くなって、早く昇ってくるようになった。

 

 

タッシリ・ナジェール壁画紀行 その11

Tin Tekeltを出て、Ouan Benderに向かう。

 

 

途中動物学者のクーンが大きな声をあげた。チーターの足跡があると。雨が降ったことで土が柔らかくなって、くっきりと残っている。しかも並んで二頭歩いた形跡が。親子ではないかと。

チーターはアルジェリア南部全体でも生息数が70~140頭くらいだという。アルジェリア出身で何度もタッシリに来ているクーンが大声を出すほどだから足跡を見るのも珍しいのだろう。

 

 

Ouan Benderまでは約12キロだから、そんなに遠くないのだが。風邪のような症状がきつくなってきていて、歩くのもしんどかった。マグディが鼻スプレーをくれた。Ouan Benderでは2泊する予定だ。連泊はありがたい。

Ouan Benderはエリアの広さにしては、壁画の数は多くなさそうだ。だが、とても面白いものがある。まず、この何なのかよくわからないモチーフ。下に人物画が重なっているので、ちょっとわかりにくいが、人の体のようにも見えるので、コスチュームだろうか。それにしても頭らしきものがない。幾何学的なものが乗っているだけだ。(画像補正で鮮明化)

 

 

またすぐ近くにあったこの絵もとても面白いし、他で見たことのないデザインセンスだ。首の長い二体の動物が合わさったようにも見えるが、具象的なものに見えにくい。北欧の動物闘争模様のような、またはアール・ヌーボーのデザインのような。これもまた天才の残した絵だと思う。

 

 

さらにこの絵のすぐ近くの壁面に本当に奇妙な壁画があった。これもとても薄くなっていたので、帰国後にDStretchなどで補正して、その異様さが明らかになったのだが。

カエルのようなフォルムの狩人(戦士?)たちだ。中央には二人の人物があり、これは普通の人間に見える。右側には反対方向から走ってくるようなカエル人間が。これはいったいなんなんだろう。何らかの神話や物語を絵にしたものなのだろうか。線はとても絵がうまい人のそれに見えるので、このフォルムを意識的に選んで描いているとこは確かだと思う。手にはブーメランのような飛び道具を持っている。

 

 

面白い絵が多く、とても見ごたえがあるのだが、いかんせん風邪が...。調子悪い。早く寝よう、というか、だいたい7時半に食事を終えると、焚き火を囲んでいるわけでもないので、することもなく、皆8時ころにはテントに入るのだが。