タッシリ・ナジェール壁画撮影行2026-1/4 その12

いよいよタッシリの台地を降りる日が来た。また来ることはあるだろうか。

ジャバレンから降りる道、アルーム峠 (Akba Aroum)」は距離も比較的短い。だが、小岩がごろごろしている所が多く、滑りやすい。ロバも同じ道を降りる。一回転ぶ。今回はそれまで転んでなかったので無念。

記念写真を撮るが、トゥアレグの男性はターバンで口と鼻を隠す人が多い。それが一種の正装というか、礼儀のようなのだ。だけどこれをされると誰が誰だったかわからなくなる。facebookで友達申請が来ることもあるが、写真がこうしたものばかだと、名前も似ているので誰だか確信がもてない。この中で若い三人が顔を出しているのはおそらく「スマホ世代」だからだろう。

 



下に降りて、また自動車が来るのを長く待つことになるんだろうな(いつもそうなので)と思っていたら、思いのほかすんなり来た。今回誰も怪我せず、無事下山できてよかった。

宿に戻る途中、ジャーネットの町に寄ってもらう。市場と半分以上廃墟になった古い町を見る。ジャーネットに来るのはこれが5回目だが、初めて古い町の跡をみることが出来て嬉しかった。いつも余裕が無いので。
ジャーネットの市場の土産物売り場でいつも思うのは、どうも民芸品のバリエーションとセンスがいまひとつだなと。それぞれの店に工具などが置かれていて、「ここで作っています」感を出しているのだが、物を見るとほとんど同じ仕上げで、どこか他の場所で作っていることがわかる。ソープストーンの置き物がたくさん売られている。ケニア産の民芸品は有名だが、アルジェリアでも採掘してるんだろうか。トゥアレグのシンボルのペンダントもピカピカに磨かれているが、これをもうちょっと艶消しの渋いかんじにした方が絶対にいいよ、と、誰かに言いたい。チュニジアで売っていたものは買いたくなる仕上げだったが、どうもここのものはそういう気になれず。

 



これで4回目のタッシリの旅、5回目のジャーネット滞在も終わり。同じエリアにこれほど多く訪れたことはない。今回「最後の最後の最後」の旅に誘ってくれた英さんに感謝する。だが、サハラには特有のウィルスがいて、これに感染すると、定期的に行かずにはいられなくなるのだと誰かが言っていた。今回彼が急に行きたいと言い出したのは明らかにこのウィルスのせいだろう。もう一度「最後」の旅があるような気がしてならない。
一緒に旅してくれた月風さん、柳谷さん、宮澤さん、そして私のいきなりの誘いに乗ってくれた山口洋佑さんに感謝する。山口さんの絵にこの旅が良い影響を与えて、さらに素敵な絵を描いてくれることを願わずにいられない。そして、もちろん旅を実現してくれたトゥアレグのみなさんに感謝する。ロバたちにも。

 

タッシリ・ナジェール壁画撮影行2026-1/3 その11

当初の予定ではジャバレンに三連泊することになっていたが、最後の夜は下山口の近くの方が翌日楽だろうということになる。

ラウンドヘッドの行列の絵を再見する。この壁画はユーモラスで面白い。これを見て、これも宇宙人だという人はいないだろう。先頭の人たちをみると、瘢痕紋身らしき模様が入っている。また、この絵のすぐ右上に小さく足を開いた人間が縦に連なっている絵があるが、もしかすると、大きなラウンドヘッドと同じ、連なって踊っているか行進している様を描いているのかもしれない。

 

 

前回も見た、あごひげの男性の絵を再撮影したところ、頭に複雑な形のものをかぶっていることがわかった。

 

 

これまでに行ったことのないジャバレンの西側のエリアに入る。この近辺はガイドのブーバカーもよく知らないようで、GPSデータを頼りに行くことに。山口さんにGPSのポイントをディレクションしてもらうことになった。

 

 

GPSで位置関係はわかっても、どうやってアクセスするのがいいかはわかりにくい。特にこの西エリアは断崖状になっている所があり、そうした高低差や岩場の中でどのように進めるかなどは衛星写真を見てもわからない。
試行錯誤して、ようやく目当ての壁画にたどり着いた。人が三人(子ども?)同じ布団(毛皮?)のようなものに入って寝ている。かわいらしい絵だが、その下で丸いものを2人で扱う絵が気になる。何をしているんだろう。

 


ジャバレンの端で有名なウサギの行列の絵を見るが、なんと、大きく落書きされている。絵柄にもかかっているではないか。見たところ最近のもののように見える。これはたいへんな問題に発展していく可能性がある。落書きはひとつふたつあると、増殖していくものだからだ。京都の嵯峨野の竹林の竹の落書きも海外からの旅行客でひどいことになっているが、落書きをした人をみつけて「なぜ書いたんですか?」と聞くと、「だって、他の人もやっていたので」というしょうもない返事が返ってくる。ジャバレンは比較的アクセスが容易な場所で、日帰りも可能なようだ。ここだけを見て帰る短いツアーもあると思う。すれ違うグループの中には家族旅行にいやいやつき合わされた感のあるつまらなそうな顔をした若い子の姿もある。これはなんとかしないとたいへんなことになる可能性がある。ツアーガイドはフラッシュがどういうじゃなくて、もっときちんと見張って、万一落書きをしたら大変なことになると警告して欲しい。

 


キャンプに戻り昼食をとり、荷物を積んでいよいよ下山口の方向に歩き出す。

 


Tin Taharinに寄る。ここには2年前にも見た仮面の人物の絵がある。体のあちこちからキノコのような形のものが出ていて、これが何を意味するのか興味深い。仮面の人物の絵にこれが出てくることが多いのだ。また、今回画像補正をしていて気づいたのだが、左にもう一人仮面の人物が描かれていた。2人の間の足元に仮面だけがひとつ描かれている。

逆さになった動物のような絵があり、前にも見ていたのだが、あらためて見ると、これも仮面と同じ意匠の頭をしていて、これが仮面をつけた人物が四つんばいになったり、逆さになったりしている様を描いたものなのか、もしくは仮面が表現している「何か」そのものを描いたものなのか、興味深い。

 

 

このシェルターはよく見ると手形もたくさんついている。飛ぶバッタの絵も珍しい。

 


これが最後の壁画サイトで、あとは台地を降りるだけだ。この日の夜でトゥアレグのみんなとのキャンプも終わり。若い人はティナリウェンなどのトゥアレグのバンドも好きで、iphoneでかけると歌ってくれる。夜、食事が終わってしばらく、ジェリ缶をたたいて歌うのだが、なかなかこのパーカッションが上手い。楽しかった。「日本の歌を何か歌って」と何度も言われるので、なぜか「東京音頭」を歌う。炭坑節にしようかとも思ったが、歌詞をほとんど憶えてなかったので。

 


また、今回の旅で料理を作ってくれたモハメドのご飯は本当においしかった。体が冷えてきたときのスープも嬉しかったし、毎日違う趣向のものを出してくれた。前回は彼の兄弟が作ってくれたのだが。私は旅に出ると食が細くなるし、今回は体調も悪く、あまりたくさん食べられなくて申し訳なかったが、とても嬉しかった。

夜は満月なので明るすぎて難しいが、ちょうど流星群が来ているので、気力があったら撮影しようかとも思ったが、やはり夜中に起きると寒くてとてもそんな気になれず。

タッシリ・ナジェール壁画撮影行2026-1/2 その10

この日はジャバレンの中を見る前に先ず南へ移動してアウアンレットAouenrhetに。ここは仮面の人物や角を付けた走る女性像、アンリ・ロートが「誕生と死」と名づけた絵など、見ごたえのあるものが多い。二年前にも訪れた。角をつけた女性像は狩猟採集民後期のものだが、かなり風化していてディテールがよく分からない。アンリ・ロート隊の複製画を見るとディテールも面白く、これがきれいに残っていたらどんなに素晴らしかったかと思う。この絵はなぜか「白い貴婦人」とか呼ばれているが、肌は白く描かれてはいない。Tan Zumaitakと同じで濃く塗られている。黒人系であることは間違いないだろう。この女性像の右側にも絵があり、巨大なホルンを吹いている人や大きな魚などが描かれているのだが、ほとんど見えず、画像補正しても効果が薄かった。
 

 
「誕生と死」は上の細長く延びる人を、あの世に旅立つ魂のようなものを描いたものとアンリ・ロートは解釈した。右側にすがるようにしている人は、この世に引き止めようとしている人の姿だと、では「誕生」は何かというと、左下の緑色のカタツムリのような形から頭を出している人の姿だと。これはどうなのかわからないが、上の細長く延びた人の解釈はどこかしっくりくるものがある。

午後はジャバレンに戻り、大きな球を掲げる羽根飾りをつけた2人の人物像などを見る。ウサギの耳のようなものがついているので兎年の年賀状に使ったりしたことがあるが、今回よく見ると羽根飾りだということがわかる。
 

 
前回の旅では最も巨大なラウンドヘッドの絵「火星人」を見たが、時間がなくあまりじっくり撮影できなかった。今回はこれをしっかり撮ることも大きな目的だった。この絵は全長5mあり、セファールの「白い巨人」よりも巨大なのだ。これに「火星人」というあだ名をつけたのはアンリ・ロートで、「外の世界から来たとしか思えない」という意味をこめたものだったが、この名前のせいもあって、先日亡くなったエーリヒ・フォン・デニケンが地球に来た宇宙服を着た宇宙人の姿として流布した。私も小学生の頃に彼の本で知ったし、そう見えるなと思ったものだ。
ただ、ラウンドヘッドは狩猟採集民時代に描かれるほぼ裸の人たちだ。宇宙の果てからわざわざやって来てヘルメットだけかぶって素っ裸になる宇宙人もいないだろう。これは頭に何かかぶっている、あるいは短い髪に模様を入れるように剃った人間の姿なのだ。だがこの「火星人」は何かゆったりした服のようなものを着ているようにも見えるし、なんといっても最大級の大きさで描かれている。なぜ「白い巨人」のような神像でなく、人間がこれほど大きく描かれているのか不思議ではある。しかもひさしのようにせり出した岩の下面に描かれているので、下に立つと巨大な像に見下ろされているような形になる。英さんに私が寝ころんで写真を撮っているところを撮影してもらった。
「古代の宇宙人」派の人たちはきっとこの「火星人」こそ宇宙から来た者の姿であり、他の裸の人たちはこの来訪神に扮して祭祀などをしている人間の姿なのだと言うだろう。ペルーで征服に来たスペイン人の顔を模した仮面をつけて行うお祭りがあるが、そんなものと。「火星人」は帰国後に画像補正をしたが、やはり風化が激しくそれほど鮮明にはならなかった。だが、やはり何か着ているように見える。
 

 
もうひとつ大きな発見があった。一昨年タジェラヒン台地のタヒラヒTahilahiで顔にくまどりのような曲線模様を入れた個性的な人物像を見たが(下の最初の二枚)、同じ様式の人の絵があったのだ(下の三枚目以降)。以前訪れたときも見ている、アリクイのような大きな動物の絵が描かれた壁面だ。Tahjilahiの絵のようなユニークな髪形はしていないようだが、あきらかに顔に描かれた模様は同じタイプのものだ。2つのうち、右向きの人物の方はかなり薄くなっていて、写真も撮っていないので、前回訪れたときはは気づかなかったのかもしれない。
Tahilahiの絵で面白いのは右側の人の前屈姿勢だ。この人は動物の皮を背負っていて、これが何か動物の動作をまねているようにも見えなくない。今回ジャバレンで見た二つの人物像も前屈姿勢になっている。腰巻きのスタイルも同じように見える。また、タヒラヒの絵には人物がかぎ型のものを持ち、地面にブーメランのような形のものが置いてあるが、今回撮影した2人の人物画のうち右向きの人の足下にはTahilahiの絵に出てくるものと似たようなかぎ型のような道具が見え、左向きの人物の足元にはブーメランタイプの道具が見える。あきらかに同じテーマの絵のように見えるのだが、どうだろうか。
 

 
その後も二年前にも見た有名な壁画を再び見てキャンプに戻る。
この日の歩行距離は約11キロ。
 








タッシリ・ナジェール壁画撮影行2026-1/1 その9

元旦。

砂漠の地平線から昇る初日の出が見られるかと思ったが、タッシリの岩の間から昇る初日の出を見ることになった。

英さんが切り餅を持ってきてくれたので、これを焚き火で焼き、卵スープに入れてお雑煮を食べる。トゥアレグの人たちにも餅を試食してもらう。「味がないな...」と思ったかもしれないが。

 

 

ジャバレンに向かい、昼ごろに到着。旅も終盤になってロバのみなさんにも疲れがたまっているようで、倒れて寝ているロバも。こんなポーズ初めてみた。

 

 

この日に見た壁画の多くは前回訪れたときにも見ているものだったが、かなり急ぎだった。今回は二泊するのできっと未見のものも多いだろう。

この奇妙なズーモーフは初めて見た気がする。なんなんだろう、これは。

 

 

岩のくぼみに大きな目玉のようなものが描かれている。これはテントか何かだろうか。画像補正しても右側の動物の他は内側に何も見えない。

 

 

ぐっと冷えてきた。夜一度は小便に起きるが、星空を撮ろうという気力がわかない。それに明後日の夜は満月なので空が明るく、星は多く見えない。

 

タッシリ・ナジェール壁画撮影行2025-12/31 その8

今日は大晦日だ。砂漠にいると大晦日感は全く無いのだが。

セファールを出て、Jabbarenに向かうのだが、これはとても長い道のりで一日で行ける距離でない。Tin Rassoutin、Tin Kaniを経て、アラネドゥーメンAlanedoumenで一泊する予定だ。

セファールを出る際、「黒セファール」エリアを通るので、2日前に英さんが見なかった壁画を見ながら進む。このライオンに弓をひいている絵はかなり薄いのだが、今回のカメラで撮ったものを補正するとかなり鮮明に出てきた。人とライオンの間にいるのは犬のように見える。口を横に開いて、唸っているような感じにも見える。

 

 

セファールを出てしばらくするとひたすら平坦な土地になり、歩きやすくはあるが、変化に乏しくて少ししんどい感じもある。

 

 

Tin Rassoutinも2022年に通過している。馬の時代の逆三角形のどこかアールデコ風の絵のシェルターもある。このタイプの絵は描かれているものにバリエーションがあまりないのだが、ここまで密度が高いと面白い。

 

 

Tin Kaniでやはり2022年にも見た、ラウンドヘッド時代の絵を見る。左がイボイノシシ、右がアンテロープだけれど、やっぱ下手だなと。でもいかんせん、上手い絵よりも面白いのだ。それに右側のアンテロープの横から見たフォルムを描いているのに目は二つ見える感じは、もうピカソ的なマルチアングル的なとらえ方と言ってもいいのでは? 牧畜民以降の絵も描かれている生活のディテールがとても興味深く、意外なものも多いのだが、やはり狩猟採集民のイマジネーションはなかなかすんなりとはわかりにくい。それだけに魅かれるものがある。

 

 

Alanedoumenは戦車の絵があるのだが、これがなかなか躍動感のある絵だ。Tamritで見られる戦車と同じで馬二頭立てなのだが、Tamritでは馬体はひとつで、足だけが二頭分かかれているという絵が多い。ここの戦車は二頭の馬がしっかり描かれていて、猛スピードで走っている感じがあり、車の方が高く浮き上がっているように描かれている。実際にこんな風になったら大事故になって乗り手は大けがだろう。現代人はこうした誇張された表現には慣れているので、なんとなく自然に受け入れて見てしまうが、これは漫画的表現といっていいもので、先史時代の絵では珍しいんではないだろうか。

 

 

ここで年越し。大きな岩が無く、平らなので、風が強く当たり、冷たい。実は台地に上がって三日目くらいから体調が悪くなっていた。一番調子悪い日は寒気がひどかった。夜と朝は冷える、日が昇るとかなり暑くなる、ということで、日中薄着になりすぎたようだ。軽く風邪のような感じになり、悪いことに気管支炎の症状もまた出てきた。夜は超極暖の股引きに極暖のスウェット、その上にダウンの防寒ズボンをはいて足は厚い靴下の上に防寒靴を履いて寝袋に入るという、「逆原子炉」のような装備で寝ているが、それでも冷える。

外国で年を越すのは久しぶりだ。もしかしたら1985年、初めてタイに行ったとき以来だろうか。

歩行距離 17.3km

 

 



タッシリ・ナジェール壁画撮影行2025-12/30 その7

英さんが足の指の付け根がすごく痛いと。出発前にも話したのだが、土踏まずが痛くなったりかかとが痛くなったりしたことはあるが、そこが痛くなるのは初めてだという。私はこれで2年前に本当に辛かった。靴のサイズはちゃんと合っているのに、3日目くらいから猛烈に痛くなり、最後まで痛みがとれなかったのだ。あまりに痛いので参加しなかった追加の壁画探索もあった。てっきり靴のソールの問題かと思ったのだが、英さんははき慣れた靴なので、そういうこととも関係無いのかもしれない。いずれにしても私は同じことが起きても困らないようにその部分にはめるパッドを買って持ってきていた。とりあえず自分は大丈夫そうなので彼につけると、かなり効果があると。

昨日休んだことでかなり疲れもとれて、足の裏も手当てできたので、一応予定通り進むことになった。

昨年のタジェラヒンのツアーのガイド、サヤがやって来た。3人のツアーをガイドしているのだと。彼だけではない、いくつかのツアーがセファールを回っている。大きなグループは10数人いる。こんなに他の旅行者と会うのは初めてだ。「白い巨人」の前でなぜかその場にいた大勢で記念写真を撮ることになった。

グループの中の男性が聞いてきた「この壁画の意味を知っていたら教えてくれないか」と。国内から来たグループだが、流暢な英語だった。「確かとは言えないけど、豊饒をもたらす神のようなものと考えられている。周囲にお腹の膨れた女性がいるのもそうした意味だろうとされている」と答えると、「ではなぜ力こぶがこんなに強調されてるの?」と。「それは...パワーに溢れてるっていうことを表してるんでは。股間のものも巨大だし」と、なんとなく答える。日本の精力剤のCMとかもだいたいそんな感じですよ、ということは言わなかったが。そうこうしていると、別の女性がお腹の大きな、浮遊するように描かれた女性の姿を見て、「この人は生贄になるところだわ」と。そうではないとは思うが、誰も正解を知らないのだから、いろいろ想像するのは自由なのだ。

 

 

ほとんどが前回見ている壁画だが、良く見直すとディテールがとても面白い。とくに今回はカメラを変えたのが効果的で、これまでよくわからなかったことが見えてくる。

ミッキーマウス耳の人物が2人出てくる大きなパネルも画像処理するとこれまで見えなかった右側のミッキーの頭が見えてきた。

 

 

フラッシュ撮影していると、他のグループのガイドが「あ〜、フラッシュはダメダメ」と。いや、絵画は本当にフラッシュで退色するのか実験をした学者がいて、ほどんど影響は無いということがわかっている。美術館の照明光とそれほどかわらないと。現在のフラッシュ光にふくまれる紫外線は太陽光に比べると本当に微量だ。数千年間太陽光にさらされて、酸化した鉄分が岩に染み込んでいる壁画がフラッシュ光で退色したりはしないということはあきらかなのだが、「絵はフラッシュでダメージを受ける」という考えは全世界的に広まってしまっているので、インドでもそうだったが、そういう決まりなんだと言われたら反論してもどうにもならない。他のグループがいなくなったときを見計らって撮影する。が、別のガイドが遠くから見ていたりして、「友よ、ひとつお願いがある。今後フラッシュを焚かないようにしてもらえると嬉しい」と、丁寧に言われたりするとこれはもう難しいことになったなと。

フラッシュでどの程度のダメージがあるか確かめたという文章がこれ。

westevan.org

前回は見てないと思われる壁画もある。牧畜民の絵で、テントの中に親子がいる絵も。横になっているのは男のように見える。イヘーレン様式の壁画を見ると赤ん坊を抱いて歩く男性の姿もあるが、テントを建てたり中に入っているのは全て女性だ。男は外で寝てたのかなと思っていた。当時の家族生活がどのようなものだったかわからないが、こういう風景も普通にあったのだなと。

英さんも調子よくなったようで、ひと安心。翌日以降も予定通りに進むことになった。一日の疲れはトゥアレグの甘いお茶が癒やしてくれる。

歩行距離 13.3km

 

 

タッシリ・ナジェール壁画撮影行2025-12/29 その6

朝、キャンプ地にも近いので、「泳ぐ人」にもう一度行ってもらう。壁面に陽があたっているのではと危惧したが、そういうことはなく、壁画の前の砂地に朝日があたってその反射光が壁画を明るくしていた。見え方もけっこう違う。

写真家の野町和嘉さんがタッシリを訪れたとき(1972年)、サイトに着いても3日くらい何も撮らなかったと、当時ラクダ引きとして同行したブーバカーが言っていた。どうして撮らないんだろう?と思っていたら、ある日急に撮りはじめたのだと。もう50年以上も前のことだが、かなり印象的なことだったようだ。おそらく時間帯によって光線の具合がどう変わるか、何時頃がベストなのか、どの角度で何カット撮るかなど見極めていたのだろう。何千枚も撮って帰る今と違って、フィルムカメラは枚数がシビアなのだ。私も巨石写真を撮り歩いていたとき、残り枚数が気になって仕方なかった(と言いつつ、昔のスライド写真を見返してみると、野良猫とか羊の行列とかの写真をむやみに撮っていたりするのだが)。イギリスでは買い足すこともできるが、ジャーネットでは、ポジフィルムは買えなかっただろう。

Tin TazariftからIn Etouamiへ。ここも前回訪れていたが、未見のものも多かったので、ロート隊の複製画が作られたサイトを目当てに巡る。一見何を描いているのかよくわからない、縞模様の複製画がある。何か動物の骨を並べたような絵だ。サイトを見つけ、撮影したが、やはり何の絵なのかピンと来なかった。が、帰国後にその近くのかなり薄くなっている絵を画像補正してみたところ、牛の体に縞模様が入ったものだとわかる。薄くなっていた方は輪郭もようやく見えるかどうかという程度だが、一見してなかなかの画力の人の手によるものとわかる。それに対して、前者は技法は近いとはいえ、あまりうまくいっているとは云いがたい。途中で描くのをやめている可能性もある。これは想像だが、後者の見事な筆致を見た者が同じように描こうとして上手くいかなかったのが前者ではないか、

やはり上手な絵、斬新な手法を見ると、それに影響されて同じように描こうとする人がいるのだろうと。イヘーレン様式なども同じようなスタイルで描きては複数いる。5000年前の美術界においても模倣は重要な要素だったのだろう。もちろん、絵描きの中に突然全く独自の手法や捕らえ方をする天才が現れるのだが。

それにしても、この縦じまの牛、私は完全に絵画的手法だと思ったのだが、イヘーレン様式の絵の中には部分的に縦縞が入った牛の絵がいくつかある。本当に縦縞模様の牛がいたんだろうか。Chat GPTにそういう牛がいるか質問すると、「いません」と。

 

 

イン・エトゥアミを出てタッシリで最も壁画が集中している場所セファールに着く前、なんと英さんが今度は折り畳み椅子をイン・エトゥアミの最後の壁画の場所に置き忘れてきたことが判明。もう諦めると。ただ、しゃがめない状態なので、椅子が無いというのはちょっと心配だ。なんだか、民話のようになってきたぞ。もう一回何かあるかもしれない。

セファールに着き、ここは連泊なのでテントを張り、食事。モハメッドが昼は手作りのレモネードを出してくれるのだが、これが甘すぎずさわやかでおいしい。特に暑くなってきた中を歩いた後はリフレッシュさせてくれる。鳥の唐揚げみたいなのが出てきたと思ったら、カリフラワーの唐揚げだった。タジェラヒンで料理をしてくれたモハメッドのお兄さんも揚げ物(春巻きとか)をよく出してくれたが、キャンプで油で揚げたものを出すのは面倒だろうにと思う。

 



午後はセファールの「黒セファール」と呼ばれる、牧畜民の絵が多いエリアを巡る。英さんは休息のためキャンプに留まることに。有名な壁画を巡るが、先ずアンリ・ロートが「アマゾンのシェルター」と呼んだ大きな壁面に。いろんな時代の絵が渾然一体となっていて面白いのだが、帰国した後に画像処理していて、全く場違いな感じの2人を発見。イヘーレン様式だが、なんだか「タイムスリップしてサハラに来た2人のヒッピー」という感じ。「へそ出しルック」だし、腰回りの曲線もなんだか現代人ぽく見える。それにこの2人、なにもしていないように見える。イヘーレンの絵は移動やキャンプの中の絵にしても、それぞれの人が何かしている様子が描かれているのだが、この2人はただ所在ない感じで、それもまた可笑しい。今回Sonyで撮ったものは人物の目もきちんと写っていた。ロート隊の複製画にも左の人物の顔のディテールは描かれていない。

 

 

また、目を覆った、狩猟採集民時代の後期の絵も再見。この絵もフォルムがとても美しい。女性だが、腰をかなりきつく搾っているように見える。布の無い時代だから、これらの装身具は動物の皮なのだろう。

 

 

牧畜民の移動の場面の絵を帰国後に画像処理すると、牛に乗った2人の女性の絵が細かく再現できた。牛の角の上に乗っているのはテントの支柱のようなものだろうか。紐が巻きつけてある。後ろに乗った女性が椰子の葉のようなものを振っている。

三つの仮面の絵も再見。

 

 

キャンプに戻ると英さんから相談をうける。かなり調子が悪く、この先ちゃんと歩けない可能性があると。もし台地で歩けない状態になったらどうなるのか? 出発前にはいよいよとなったら軍のヘリで下に下ろしてもらえるのでは? などと話していたが、モハメッドにきくと、それはないと。下から担架を持って来てもらって人力で下ろすのだと。それは大変な話だが、これまでに何度かそういうことがあったそうな。そうだろう、これだけ岩がごろごろしている場所で、ちょっと転んだだけでも運が悪かったら歩けなくなるくらい強めに捻挫したり骨折することもあるだろう。アンドラスのツアーでも彼は応急手当て用のものも何も用意していないことがいつも気になっていた。

具合によっては予定を短縮することも考えざるをえないかもと言うので、なんにしても明日の具合で決めましょうということになる。

お茶を飲んでいるとロバ隊のアイードが歩いてきた。なんと英さんの椅子を持っている。ブーバカーがアイードに取りに行ってくれと頼んだらしい。アイードは今日は同行していなかった。よく場所がわかったと思う。それと、彼は靴の修理もできるのだ。月風さんのモンベルの靴のソールがはがれてきたというので、出発前に買った接着剤を渡したのだが、先端の湾曲した部分もあり、完全にくっつかないと。それをアイードが持ってきた太い針と糸で縫ってくれたのだ。ロバ隊でもっとも陽気でどこか可愛い顔をしているアイードの株が一気に上がる。

ちなみにブーバカーの靴も底がぱっくり割れていた。これは接着剤ではなんともならないし、縫う感じでもない。後に英さんと靴のサイズがちょうど合う(29cm!)ことが判明し、予備の靴を持っていたのをブーバカーにプレゼントしていた。英さんがそんなに足が大きかったとは。

歩行距離10.2km