フランス・巨石遺跡&洞窟壁画紀行 11日目

この日はレ・ゼイジーの町近辺の洞窟をいくつか回る。

先ず、コンバレル洞窟へ。ここはマドレーヌ文化の刻画が集中している。600を超える刻画は動物がほとんどで、前日見た家形のシンボル、テクトフォルムもある。最も印象的なのは入り口の看板にも使われていたライオンの絵で、これはちょうど目のあたりに小石が埋まっていて、これを目にみたてて絵を描いたのかどうかが気になるところだ。

 

英語ガイドのツアーだったが、ガイドの女性がなかなかひょうきんな人だった。「私の英語、あまり上手じゃないですよね。わかってます。何言ってるかわかんなかったらお願いだから黙ってないで言って!」

驚いたのは受付の机の上に置いてあった本の図版頁だ。このエリアにこんなに人間の顔の刻画があるんだろうか。なんかちょっと漫画っぽい。顔だけというのもちょっと不可解ではある。

 

 

続いて、すぐ近くにあるフォン・ド・ゴームFont de Gaumeの洞窟に。ここは現在唯一公開されている多色画のある洞窟だ。見学者は一日78人までと、他のサイトよりもずっと少人数に抑えられている。

絵はマドレーヌ期の壁画で、17000年前頃のものだ。230ほど確認されている絵のうち、バイソンが80、馬が約40、マンモスが20以上が描かれているという。テクティフォルムも数点確認されている。

 

 

照明も退色を防ぐためにかなり抑えられていて、ガイドが説明しながらライトで照らすのだが、ライトが暖色系だと多色画といっても色彩の微妙な調子というのはなかなかわからない。絵が描かれた時代も獣脂のランプだけで描いていたわけなので、ラスコーなど、多色画の絵の色彩の使い方というのは驚きに値する。

絵の写真はサイトからの引用。

 

 

続いてキャプ・ブランCap Blanc のシェルターに。ここにあるのは壁画ではなく、馬などの大きなレリーフだ。15000年前頃、マドレーヌ期のものだが、浅いシェルターの壁面に多くの動物が彫られている。10頭の馬(1頭は体長2.20mもある)、少なくとも3頭のバイソン、アイベックス、いくつかの未完成の人物像。大きな馬のレリーフは深く、立体感のある彫られ方で、迫力がある。

シェルターの下からは若い女性の遺骨が出土している。埋葬されたものとみられている。旧石器時代の人骨としては最も保存状態の良いもののひとつとされている。併設された博物館に細かい象牙のビーズの装飾をつけた人形が置かれていた。こうしたビーズが副葬品として大量に出土したということでなく、いくつか出てきたものからの想像ということらしい。イギリスの狩猟採集民は褐色の肌で碧眼だったのではないかと言われているが、マドレーヌ期の人間はどうだったんだろう。こんなに肌が白かったとは思いにくい。

 

 

この日はもう一ヶ所、夕方に訪れる洞窟があるが、少し時間があるので、昨日行かなかったクロマニオンのシェルターに行ってみようかと。が、調べると、なんと土日は休館。観光地で土日休みなんてあるか? もしかして個人運営なのかしら。

「ほーら、だから言ったじゃない、本当に昨日行かなくていいの?って」と繰り返すアンドラス。マグディはクロマニオンはいつか行きたい場所トップ3のひとつだったようで、茫然としている。仕方ない、そんなに面白くないから入場料払う価値ないという英さんの言葉を慰めにしよう。

それでも、せめて看板の前で写真くらい撮っておこうかということで、マグディと私と歩いていくことにした。
クロマニオンという名は、マニオン(土地の所有者)のクロ(オック語で穴の意)という意味だと知った。穴といっても洞窟ではなくシェルターで、そこから出た骨がヨーロッパ最古の人間たちということになった。

 


ここにも「人類の進化」みたいな看板が。だから、人類が進化してクロマニオンが誕生したんじゃないってば。アフリカから出てきた人たちの子孫なんだって。

 

この日最後の洞窟ベルニファルBernifalに向かう。個人所有の洞窟で発見は1902年とかなり古い。その時にはまだ先史時代の壁画のある洞窟というのは7つしか見つかっていなかった。マドレーヌ期の壁画がある。
苔むした林を歩いて洞窟の入り口で待ったが、予約時間を過ぎても誰も来ない。もしかして忘れてるんじゃないかと、看板にあった番号に電話すると、「今向かってる。あと15-30分で着くから」と。フランス人が言うんだから30分じゃ着かないな、45分くらいか、などと言いつつ待ったが、現れない。
マグディとか「もう頭にきた。来たら××してやる」とか言っている。
ようやく爺さんが現れたのは1時間以上経ってからだった。よく「あと15分」とか言えたもんだ。
しかも、「いやーどうもどうも。こういうことがあるのが人生だね(セラヴィ?)」とか言いながら現れたので、あんたが言うなよ.....と、みんなさらにイラっとするのだった。

ここは入り口に「写真撮影禁止」と書いてあるが、いろんな旅行者が撮影した写真がネットに上がっている。撮らしてくれるんじゃないかと期待していたが、「ああ、ぜんぜんOKよ」と。なんで「禁止」って書いてるんだろう。

 

動物(マンモスもある)をふくむ線画とドットなどのシンボルなどがあるが、最も有名なのは人間の顔だ。これが眉まで書いてあってなんだか現代人が書きそうなタッチなのだ。もしかして、客寄せのために誰か書いたんじゃないかなどと邪推したくなる。でも、あれこれ見ても、「真贋が疑われる」などと書いているものはなく、旧石器時代の絵として扱われているようだ。

 

 

高い場所にテクティフォルムの絵があった。これを英さんが天体写真撮影用に改造したカメラで撮影して、帰国してからDStretchで処理したところ、細かい点描で描かれたものだということがわかった。私のカメラで撮ったものはDStretchをかけても点々は見えず、黒っぽく潰れてべったりしている。

上が私の写真、下が英さんが撮影して、DStretchにかけたもの。点描で、屋根と地面のようなところにフリルのようなものがついていることがわかる。私の写真を加工したり補正したりしても、こういうディテールは全く見えない。

 


天体写真用のカメラの改造は、デジタルカメラに内蔵されているカラーバランスを整えるための色調製フィルターを外して、より広いスペクトルをとらえられるようにするもので、数万円でやってもらえるのだという。最近、フランスのジャン=ロイク・ケレックらの研究者が広範囲なスペクトルの光を選択的に取り込んで撮影できる高価な装置でサハラの壁画を撮影し、とても大きな成果をあげて発表していた。英さんはそれほどコストのかからない天体写真用の改造でも効果があるだろうと考えて改造したのだ。
特に赤外撮影に効果があるので、赤い染料を使った壁画を撮るには有効なのではと、今回試されたのだが、はっきりと通常のカメラで撮ったものと違った結果が出た。
今年末このカメラでサハラの壁画を撮り直すのだが、結果が楽しみだ。

ガイドの爺さんはともかく客をおだてる。スマホで撮った写真を見て、「な〜んて素晴らしい写真なんだ!」とか、絵の説明も、もうよく憶えていないがいろんなことを言ってた。この場所に入った仏教徒が「ここは瞑想に最適なすばらしい場所だ」と言ってたとか。余計な話が多いので、どうもすんなり頭に入ってこない。アンドラスは話をはやく終わらせようとして、「イエス、イエス」を連発していた。

洞窟を出ると、楽器を持った人たちが入り口で待っている。一人はチベットで使われる金属製のお椀で、倍音が持続して鳴る「シンギング・ボウル」を持っていた。アコースティック楽器は洞窟内で反響して独特な響きになるのかもしれない。ガイドの爺さんが言ってた「仏教徒」というのは、彼らの中の誰かかもしれない。

なんにしても、代々親族で経営してきた洞窟で、「このコンクリートのスロープはおじさんが何日もかけて作った」「こっちの設備は別のおじさんが...」といった感じで、一族の苦労がしみ込んだ場所なのだ。きっとこの爺さんの跡とりも親族の中から出るんだろう。いつまでも良い環境で残ることを祈る。

 

これで本物の洞窟に入るのは最後。あとは明日、ラスコーのレプリカに入る。アンドラスのおかげでかなりの距離を圧縮して、効率良く見ることができた。