タッシリ・ナジェール壁画紀行 その12

この日はOuan Benderにキャンプをはったまま、エリア内を探索する。体調悪いので、移動距離が少ないのは助かる。

Ouan Benderにはあまり背の高い岩はない。テントをはった場所は下部が大きく削れて、長いひさしがせり出したような形の場所だ。雨除け、日除けにはいいのだが、この形からするとかつては激しい水の流れのあった所なのかもしれない。ここまで下の方が削れるのは水流によるものだろうから。念のため二日前の雨の跡を見たところ、大丈夫そうだった。そういうことばっか言ってると、「そういう悪い予想ばかりしてちゃだめよ」とマグディが言うのだが。自分もひどい目にあったのに。

 

 

あまり鮮明ではないが、かなり上手な牛の群れの絵がある。イヘーレン様式の絵とみえる。牛に人間のような目を入れるのはイヘーレン様式の特徴だ。

 

 

擦れていてよくわからないものも多いが、いわゆるラウンド・ヘッドと呼ばれる狩猟採集民時代の絵も多い。

今回だけでなく、これまでに見たタッシリの壁画の中でも最も奇妙な絵があった。ラウンド・ヘッド時代のもので、三人の異形の者たちだ。扮装なのか、精霊のような想像上の存在なのかわからないが。かなりかすれていたが、アンリ・ロート隊が模写を残しているので、現地でそれと見比べつつ確認した。左端の人物の巨大な鼻のようなものは何だろうか。ちょうど顔の部分が消えているので、これが顔とどういう繋がりかたをしているのかいないのか、よくわからないが。日本の妖怪にも似た味わいがある。もうちょっと濃く残っていてくれたら。惜しい。

 

 

ほとんどが薄くなっていてよくわからないが、DStretchで補正すると、ラウンドヘッド時代の踊る人などがたくさん浮かび上がってくる。セファールで見たものと比べるとかなり稚拙なものが多いのだが。

 

 

定番の腰をかがめて踊る人たち。

 

 

これもDStretchで補正して全体がわかったのだが、アンテロープのような頭の半人半獣の姿が。

 

 

1950-60年代にタッシリの壁画調査隊を編成し、数多くの複写画を作成させたアンリ・ロートは、タッシリにはエジプト文化の影響があるという自説をもっていた。たしかにこれなんか、角がなければアヌビスのようにも見える。ただ、この考えは広く支持されることはなかった。時代考証的にも無理があるので。

アンリ・ロートは毀誉褒貶のはげしい人で、水で濡らして、輪郭を木炭や鉛筆でなぞるような手法も大きく批判されているが、隊員の仕事がかなり過酷だったようで、調査隊に参加した人たちから良く思われていない面がある。ロート隊の複製画家のひとりは、自分が砂漠で苦労しているときにパリにいるロートをからかってやろうと、ロートのエジプト文化説に沿った「複製画」を描いた。ロートを喜ばせた後で嘘だと告げ、がっかりさせよう、もしくは恥をかかせようとしていたが、結局言い出せずに、しばらくはこれが本物として通ってしまったという。

 

 

同僚たちが作った偽の化石(クモの巣とか、カエルとか)を本物と信じこみ、業績として発表してしまった「ベリンガー事件」にも通じる話だ。あきらかに作り物の「化石」を本物と信じているヨハン・ベリンガーに、同僚たちがあわてて「きみをからかうために作った偽物だから」と告白するが、自分の功績をやっかんで言っているに違いないと受け付けなかったという。立派な本まで出してしまった。

このアンリ・ロート隊の絵のように、あからさまな偽造はともかくとして、画家が遺跡の美術などの複写をする際に、必要以上に整えてしまったり、自分が馴染み深い様式に寄せてしまったりすることは、初期の考古学的調査では少なくなかった。マヤ遺跡調査の初期の模写など、まるでエジプトの壁画かと思わせるものもある。画家の美意識やくせのようなものを厳しく抑制しないとそういうことは起きがちなのだろう。

ロート隊の模写も、この偽造以外にも、想像で書き足しているところなど、恣意的な部分が多いと考えている人は少なくないが、今回ご一緒した、サハラの壁画を数多く見てこられて、ロート隊の模写と逐一比較されてきた英隆行さんは、全体にかなり正確に複写していると考えている。

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私も数は多くないが、これまで見たもので、あきらかにおかしいと感じたものはない。現在は見えない部分も多いが、ロート隊の調査に参加し、水で濡らして撮影したラジューの写真などと比べると、かなり正確に模写しているように見える。実物と異なることが多いのはモチーフごとのスペースというか、配置だ。実際は1メートル以上離れた所にあるものをすぐ横に書いていたりすることはある。これは紙幅などの関係で、かぎられた素材に詰め込むために行われたことだろう。

 

ところで、スプーンが見当たらなくなってしまった。夕食はみなドロドロしているので、フォークだと食べにくい。幸い(?)、アルミスプーンの先っちょが落ちていたので、使うことにした。見たところ手作りのような感じの凹凸があるスプーンだ。いつごろのものだろうか。

砂漠でキャンプしていると何もかも砂まみれになっていって、食べ終わった皿やスプーンも砂で洗ってから拭いている。なので、何十年前のものかわからないが、砂に埋もれていた誰かが使ったスプーンであっても、何も気にならない。(これがプラスチックだったら、ちょっと使う気がしないだろうけれど)

 

 

この日の午後が一番体調的にはきつかった。昼、クラクラしてきたので、少しテントで休んだ。あんなに見つからなかった壁画が...なーんだ、自分のテントの壁にかいてあったんだ、早くみんなに知らせないと...というへんな夢を見た。

 

夜は少し調子が良くなってきたので、キャンプと天の川を撮影した。旅を始めたころは真夜中に細い三日月が昇ってきたが、だんだんと太くなって、早く昇ってくるようになった。