オーストラリア岩絵撮影行・6日目(キャサリン・ニトミルク・カカドゥ国立公園)

キャサリンからニトミルクNitmiluk国立公園に向かう。カカドゥ国立公園のすぐ南に位置するこの地域はJawoyn族が住むエリアで、ニトミルクとはセミのドリーミングの地(セミの精霊とそれをトーテムとする人たちと深いかかわりのある場所)という意味だという。キャサリン川の、砂岩の絶壁が両岸に迫るニトミルク渓谷が有名な観光地で、二年前家族で訪れたときには渓谷を遡上するクルーズのツアーに参加した。岩絵に関しては、数年前、放射性炭素測定ではオーストラリアで最も古い約3万年前という数値が出た絵があるエリアでもある。
カカドゥ国立公園やこのエリアは少なくとも5万年前から人の居住の痕跡があることが、熱ルミネッセンス年代測定法でわかっているという。熱ルミネッセンス測定法というのは、自然放射線宇宙線の層被曝量を計測し、年代を推測する方法だ。放射性炭素測定は有機物以外には有効でないので、遺物にはこうした技法も適用されるし、岩絵には岩絵の染料の表面がどの程度石英化しているかで年代を推測する方法もある。そうした方法では、もっと古い年代が出ている例もあるのだが。
例の絶滅した巨大鳥の絵もどこかにあるのだが、事前に問い合わせたところ、これは聖地とされる場所にあり、部族内でも限られた者しか立ち入らない場所で、一般公開されていないというのであきらめざるをえなかった。
今日参加するツアーはロックアートに特化した二、三時間のツアーでヘリコプターで川沿いに50,60キロ奥地に入った所まで行く。この地域の岩絵で最も知られているのはシェルターの天井とそれを支える柱状の岩にびっしりフレッシュ・ウォーター期(約1500年前〜現在。塩水が内陸まで深く入らないようになり、多くの水鳥や淡水魚などが生息する環境になった)のX線技法の魚の絵などが描いてある場所で、いくつかの旅行代理店やホテルがこの写真を使っている。このエリアのツアーをしきっているニトミルク・ツアーも同じ金額のツアーを催行しているので、おそらく実質的には同じものだろうと、申し込んだ。本来ツアーは二人からということになっている。もし他の参加者がいないと倍額払う必要があるという。とんでもない金額になってしまうのだが、全て先払いだというので、仕方なく倍額を事前に払い、他の客が参加するのを期待していたが、ヘリポートで参加者は私だけとわかって大いに落胆した。これまであちこちの国で参加した一日ツアーの中で最も高額だ。
果物などを食べるコウモリ、フライング・フォックスがたくさんぶら下がっていた。

ヘリはニトミルク渓谷を遡上していく。キンバリー地方と違ってヘリのドアは外していないので、窓越しにはあまりいい写真は撮れないが、非常にダイナミックな景観だ。渓谷は深く堆積した岩盤に生じたちょっとした地の亀裂で、それに沿って少し他のブッシュよりも濃く木々が生えている。スケールを変えれて見ればまるでカビのように見える。


しばらくしてヘリは川の中にある岩に設置された小さなポートに着陸した。表面が水によってスムースに磨かれた岩と透明度の高い渓流が作るとても美しい場所だ。二、三ちょっとした岩絵を見て、ヘリのパイロット兼ガイドが、はい、これで全部というので、え? あのシェルターの天井にびっしり絵が描いてある場所は? というと、「あ〜、あれは一般の人が行ける場所じゃないから、それに、我々はあれが正確にどこにあるかも知らないんだ」と。




「ちょっとまって、ジャウォインの地の岩絵といったらあの場所でしょ? 他の代理店だけど、同じ金額のツアーの広告にあの場所の写真が使われてたよ。他にあの場所に行くツアーがあるの?」というと、「いや、岩絵のツアーをやっているのは我々だけなので、他で申し込んでも結局このツアーに乗ることになるんだけど....。前にも自分たちが見たかったのはこんなんじゃない、と文句を言った人たちがいたんだよ、広告に問題ありだな」と。
これはショックだった。見られなかったことも残念だったが、岩絵そのものは本当にちょっとしたものを見るためにとんでもない金額を払ったのがなんとも虚しかった。でもこのパイロットの会社の広告に使われていたわけではないので仕方ない。
「ええと、まだ時間がたっぷりあるから、好きにしてて。泳ぐのもいいし。僕はヘリの場所まで戻ってるから」と苦笑いしながら離れていった。

好きにしろって言われても...。岩絵を撮影することしか考えてなかったから、泳ぐにしても水着ももってないし。でもよく考えたら周囲数十キロ四方、このヘリのパイロットと私しかいない。素っ裸で泳いだ。が、素っ裸というのは解放感があるようでいて、なんとなく股間が落ち着かないものだ。それに、絶対に誰も見ていないとわかっていても、なんとなく恥ずかしい。早々に上がってぼぉっと景色を見ていた。岩絵は残念だったが、なんと美しい場所だろうか。ニトミルクのインフォメーション・センターで見たモウセンゴケのような食虫植物が生えていて、これも面白かった。

この日はヘリから降りて、一路カカドゥ国立公園をひた走り、300キロ以上離れた南アリゲーター川沿いのオーロラ・カカドゥに宿泊。なんとかこの日も居眠りせずに済んだ。