マヤ遺跡巡り-3

カンペチェ州のリオ・ベック周辺の遺跡を離れてから、約200キロ西の、チアパス州にあるパレンケ村に向かった。
世界遺産であるパレンケ遺跡は一度訪れていたので、どうでもではなかったが、パレンケからさらに南の山奥、グァテマラ国境沿いの二つの遺跡、ボナンパックとヤシュチランに行くためだ。
ボナンパックは戦争と祝祭の様子を描いた、非常に状態の良い壁画が残っている遺跡だ。かなり山深い場所にあるため、15年前に訪れた際には、観光で簡単に行けるような場所ではない、という印象があった。古いガイドブックなどには、道路事情のためパレンケからさらに1泊の旅程、そうでなれければセスナで飛ぶ、とある。セスナはちょっと.....と思っていたが、道路も整備されて、日帰りできるようになったというので、是非行ってみたかった。この周辺はラカンドン族が多く住む地域で、自然保護区の名もラカンドニアとなっている。
ラカンドン族はマヤ系の部族のひとつで、文明社会と距離をおいて、伝統的な生活スタイルを守ってきた人たちだ。男も女も、白い無地の長いワンピースの衣装を着ているのが特長だった。私のような者が行けるような場所になったことからもわかるように、近年は外部との接触も増え、町で恒常的に土産物で商売をしている人たちもいるが、それでも、独自性を保った生活をしている。(最近、ラカンドンの村に嫁入りしたフランス人女性がいるらしい。「金髪のラカンドンなんて考えられない」とガイド君が言っていた)
出発は夜明け前、村のガソリンスタンドに集まって、警察の車とともに移動するルールになっている。チアパス州は先住民の地位の向上を訴えるサパティスタの勢力圏内でもあり、観光客をトラブルから守るという意図なのか。この国は警察官が多い。あちこちに検問がある。だが、待っても警察の車は来ない。「ルールが変わったのかな」と、様子をみつつ、単独で出発することになった。これまで見てきたユカタンのひたすら平坦な風景とは全く異なる、霧深く、巨木が茂る山岳地帯だ。道ばたを白い服を着たラカンドンの男性が歩いていた。
話どおり、道は非常に良く整備されていて、特に困難もなくボナンパックの遺跡に入る中継所に着く。ここからはそれぞれの車を降りて、地元の人たちが運営するバスやバンで移動することになる。環境保全と、地元に少しでも現金収入をもたらすための配慮だという。ハイ・シーズンにもかかわらず、他にほとんど人もいなかったが、ラカンドンのおじさんが運転する日産の車に乗り換えた。Tsuru=鶴という、メキシコで生産している車だ。ラカンドン族は男も長髪なので、子供の性別が見分けにくい。
遺跡の入り口に件のぼろいセスナ機がうち捨てられていた。二、三年以上、放置されているような印象だ。こんなので飛んでたのかと思うと、ぞっとするものがあった。滑走路はもちろん未舗装で草木を刈って平らにしただけのもの。見ればとても短い。「ものすごい急ブレーキで、ギュギュギュッ!っていう感じで着陸してたらしいよ」と、ガイドのルイス君。
ボナンパックの壁画は想像よりは少し色あせた印象だったが、見応えがあった。この遺跡にもオロペンドロの巣がある。入り口付近でラカンドンの女性たちが木の実を編んだ首飾りを売っていた。


ボナンパックを出て、さらに南のヤシュチランへ。この遺跡へは川を船で下る必要がある。川の対岸はグァテマラだ。1時間ほど船に乗った。
ヤシュチランの大プラザに入る前には「ラビリンス」と呼ばれる迷路がある。建物の内部に細い通路が折り曲げてつくられており、途中一度真の闇に入る形になっている。懐中電灯が無いと本当に真っ暗闇だ。儀礼的に冥界を通過するような意味合いがあったのかもしれない。
ヤシュチランはボナンパックとともに美術で知られる都だ。数多く残る石碑、レリーフなどの水準の高さは群を抜いている。が、最も見事なものは現地には残っていない。大英博物館にあるのを、昔見たことがある。おそらく二束三文で買ったのだろうが。
どちらもロケーションも含めてとても印象深い場所だった。この日で連日ハードスケジュールだったマヤ遺跡巡りはお仕舞い。


パレンケ村に帰る途中で日が暮れたが、途中、運転中のルイスが、前方の空を指さして「あの雲を見ろよ、マヤの神様とそっくりな形だぞ」「しかも口から何か出てる。喋ってる。」「頭飾りもついてるじゃないか」と。見れば確かに見事に人の横顔の形の雲が。娘に見せたいから早く写真を撮って、後で送ってくれないかというので、ややもたついてから撮影。残念ながら少し形が崩れてしまったが。マヤ遺跡巡りのお仕舞いにふさわしい一幕だった。

翌日パレンケを見学し、ビジャエルモッサの空港へ。ここでルイスと別れ、私はベラクルスへ飛んだ。近郊のハラパの博物館にあるオルメカの石頭を見るためと、さらに北へ行き、トトナカ人の遺跡、エル・タヒンを見るためだ。これについては後日。