「先史時代の岩絵の世界」その5

先史時代の岩絵の世界第5回(最終回)

ブラジル/「最初のアメリカ人」の謎

 

 南北アメリカは人類が最後に移り住んだ大陸で、今から1万5000年以上前、私たちと同じモンゴロイドの一団が、アジアから凍結したベーリング海峡を渡って入ったのが最初だ──。こう私たちは教わってきた。南北アメリカの先住民たちは皆、彼らの子孫なのだと。

 だが、彼らは本当に「最初のアメリカ人」なのか、疑問をなげかける遺跡がある。ブラジル北部のピアウィ州にあるカピバラ山地(セハ・ダ・カピバラ)だ。

 カピバラ山地はグランドキャニオンのミニチュアのような、堆積岩層が深く侵食されたダイナミックな地形だ。切り立った岩壁に無数の壁画が描かれている。

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頭に飾りをつけて踊る人たち、走る大きなアルマジロ、網で動物を捕ろうとする人など、まるで子どもの絵日記のような素朴なタッチで描かれる。

 この地で発掘された石器などの遺物は5万年以上前、壁画は2万5000年以上前までさかのぼるという年代測定値が出ている。これは従来の歴史観からすればありえない数値だ。人類が南米に到達したのは、早くとも1万4000年前頃とされているからだ。

 年代測定値を疑問視する研究者も少なくないが、南米では以前から、一般的なアメリカ大陸の先住民と異なった特徴をもつ人骨が複数発掘され、議論を呼んできた。顔の幅が狭く、目の上の骨が盛り上がり、彫りの深い顔だ。一部の人類学者は、オーストラリア先住民に最も特徴が一致すると主張してきたが、広く受け入れられることはなかった。

 ところが、2015年、科学誌『ネイチャー』に掲載された論文が大きな話題を呼ぶ。ブラジルのアマゾン奥地に住むいくつかの部族のDNAに、オーストラリア、ニューギニア、インド領アンダマン諸島の先住民にしか見られない特徴が発見されたというものだ。

 異なる時期に異なるルートでアメリカ大陸に渡った人類がいた可能性が、にわかに真実味を帯びてきた。

 カピバラ山地の絵はとても素朴なものだが、生活のさまざまな場面が細かく描かれている。動物たち、狩りの場面、集団で踊り、跳ね、肩車をする姿─。全身を覆い、ミノムシのような姿で行列する不思議な場面もある。

 興味深いのは巨大なアルマジロを捕らえようと、尻尾につかまる人の絵がたくさん描かれていることだ。この地域にはかつて軽自動車ほどもある巨大なアルマジロが複数種いたのだが、1万2000年前頃に絶滅している。絵はこの動物が多くいたときに描かれたと考えるのが自然だろう。

 カピバラ山地の人たちは岩壁に埋まった小さな石ころにまで絵をかくような、無類の絵好きだった。彼らが熱心に絵を描くことで仲間や子どもらと共有しようとしたのはどんな文化、物語だったのか。彼らの祖先は、どのようなルートで南米に到達したのだろう──。

 現地では現在も盛んに発掘が行われている。今後、「最初のアメリカ人」の真実に迫る発見があるかもしれない。

(『しんぶん赤旗』5月29日掲載分の再録)

 

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体をすっぽり覆ってミノムシのようになって踊る人たち。この絵が繰り返し描かれている。

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アルマジロの尻尾をつかまえようとする人。

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木の周りで儀式のようなことをする人びと