「先史時代の岩絵の世界」その2

「先史時代の岩絵の世界」第2回 

「オーストラリア 秘境に残るなぞ多き人物画」

 オーストラリア北東部の壁画に、棒のような体の小さな人物像が見られる。「踊る人」と呼ばれてきたが、ミミという、人間に絵を描くことなどを教えた精霊の姿なのだともいわれる。

 壁画に描かれるモチーフは、その姿形からだけでは、よくわからない。人のような形をしていても、それは彼らの天地創造の物語に登場する祖先の姿かもしれないし、人を喰らう恐ろしい精霊の姿かもしれない。

 壁画に多く描かれる動物の姿も、その意味合いは一筋縄ではいかない。カンガルー、エミュー、ワニ、カメ、魚──。これらは狩猟の対象だったが、同時に、彼らの世界観を形づくる重要な要素でもあった。

 彼らは、人は特定の動物の霊と深くかかわりながら生まれてくると考える。それぞれの人や家系、そして場所にも、特別な動物霊との関わりがあるのだ。エミューが多く描かれた場所は、エミューの霊と関わる人たちにとって神聖な場所だったかもしれない。

 壁画は描き手の習俗や精神世界を反映したものだ。数万年の間に、さまざまな人の移動、異なる文化の誕生と衰退があっただろう。絵のモチーフや様式もそれにつれて変化していく。

 

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キンバリー地方のグゥイオン・グゥイオンの絵。着飾って踊る人たち。手にはブーメランのようなものを持っている

 

 壁画の移り変わりがはっきりと見られるのが、オーストラリア北西部、最後の秘境と呼ばれるキンバリー地方だ。

 この地域には、長年論争の的になってきた謎多き壁画がある。先住民がグゥイオン・グゥイオンと呼ぶ小さな人物画だ。人なのか精霊なのかわからないが、とんがり帽子や房飾りなどをつけ、複数で踊っている。写実的で、体の動きや身につけた装束のディテールも生き生きと伝わってくる。

 このタイプの絵は、オーストラリア最古のものではないかとも言われていたが、最近の調査で、予想よりも新しい、1万2000年前頃のものという有力な説がでてきた。

 比較的短い期間に多く描かれ、様式も技術も受け継がれることなく消えたのだ。その後全く異なる、棒を組み合わせたような、素朴な人物画が登場する。さらに後には、目の大きな精霊を描く別の文化が興って、現在に至っている。

 グゥイオン・グゥイオンを描いたのは、どんな人たちだったのだろう。なぜ絵の様式も技術も継承されることなく絶えたのだろう。

 キンバリーは海に近いエリアだが、氷河期には海岸線は遥かに遠かった。オーストラリアはニューギニアと一体で、インドネシアの島々ともごく近かったのだ。

 キンバリーには舟の絵や、オーストラリアにはいない鹿の群れの壁画もある。槍を投げ合う戦いの場面もある。数万年の間、この地にどのような人たちがやってきて、何があったのか──。壁画を見ていると、さまざまな想像が喚起される。

(『しんぶん赤旗』5月4日掲載)

 

 

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キンバリー地方のグゥイオン・グゥイオンの絵。腰や二の腕につけた飾りが細かく描かれている。

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キンバリー地方で現在も信仰をあつめるパワフルな精霊「ワンジーナ」の絵。