ついに池袋の家に大食いの猫と私だけになってしまった。
12年前に独立して池袋に来たときは義祖母、彼女の飼い犬、その後一時的に義祖母の友達、義母、一時的に妻の従姉妹の娘、猫、と、それなりに人がいたのだが、寂しいかぎりだ。おそらく私も後二、三年で出ることになるだろう。50数年前に建てられた産婦人科の医院と住居の名残だ。使われていない部屋の隅から昭和30年代の相撲の番付表が出てきたりする。住んでいた十数人の人たちの名残があれこれ残っているのだが、最後に何故か全く関係の薄い私がもっさり仕事しているというのも不思議な縁だ。
土曜は小学二年生の娘の運動会だった。入り口で名簿に記名させ、赤いリボンを付けさせている。昨今の事情に鑑み、防犯対策だというが、門は大きく開け放たれているし、裏口もある。警備員がいるわけでもない。誰一人会場内で赤いリボンをチェックしている人もいない。何気なくフラフラと入ってくる人は少なくなるかもしれないが、名前を書かせるとなると、父兄以外の観客はほとんど来なくなるだろう。静かな運動会だった。父兄の多くはファインダー越しに子どもを見ているし、ビデオ撮影をしている人は自分の声が入ることを嫌って、無言でとり続けているので、応援の声は非情に少ない。親が来られない子どもに「配慮」して、家族といっしょに弁当も食べない。幼稚園の運動会にくらべるとなんだか体裁ばかりが目立つ。娘にとってはあまり満足のいく結果ではなかったようで、何故か同日の夕方、市営プールに行くという。自分が得意な水泳でプライドの回復を、という感じ。なにも運動会の日に水泳に行かなくても....。付き合わされて久々にたくさん泳がされたが、もうクロールは息が切れて続かない。平泳ぎでマジメに泳ぎ、嫁にタイムを計ったもらったが、必死に泳いでも25mが27秒くらいで、何と、娘が通っているスイミング・スクールの幼稚園児の記録と同じくらいなのだ。ショックだった。こういう子どもたちは乳児のときからスクールに通っている。娘は先日初めて記録会に出て、こういう子どもたちに大きく水を空けられたらしい。「どうして自分を赤ちゃんのときから通わせてくれなかったのか」と無茶なことを言っている。昨年の夏は全く泳げなかったのが、今は500メートル以上も泳げるようになったんだから十分じゃないかと言っても、悔しくて気がおさまらない。どうもこの先も週末に付き合わされることになりそうだ。