ブラジル・ピアウィ州、カピバラ渓谷探訪記2

今日からガイドのペドロとともに遺跡を回ることになっている。ペドロは三十代後半、地元で歴史の教師をしているという。ギドン教授の岩絵の修復のプロジェクトにも参加したことのある人だ。カピバラ渓谷は国立公園で、その考古学・民族学的価値で、1993年にユネスコ世界遺産にも指定されている。面積1291平方キロ(琵琶湖の約2倍)の広大な公園だが、ゲートで管理されていて、認定されたガイドとともに行動する規則になっている。案内板なども充実しているが、あまりに広いのでなかなか全体像がつかめない。公開されているサイトは172にのぼる。ゲートの近くには公園内の動物が外に出ないように、あるいは雨が全く降らないときなどのために、水場と餌場があり、鳥や動物などが集まってくる。

出発前に現地の気温等を調べたところ、日中32度、夜間22度、夜間の湿度70-80%というような数字だったので、蒸し暑い感じだろうと覚悟していたが、さにあらず、朝は半袖だとちょっと肌寒いくらいだ。乾期はカラカラで全く雨が降らないというから、そんなに湿度があがるはずもない。どうなっているのか、あの気象サイトは。これが8-11月になると最高気温45度にまで上がり、湿度も高くなる。雨季には一斉に花が咲き美しいようだが、とても歩き回るような季節ではないだろう。面白いのは、南半球なので気温からすると「冬」である6-10月頃は、こちらでは「夏」と呼び、熱い時期を「冬」と呼ぶのだそうだ。つまり、北半球と同じということだが、これは晴天の続く季節が「夏」と呼ぶにふさわしいという感覚からだろう。


まず、Desfiladeiro da Capivara Trailと呼ばれるエリアに入る。公園内の道は舗装されている所もあるし、舗装されていなくても普通自動車で入れる所が多い。
このエリアはギドンらが1973年に発掘をしたエリアで、発掘調査のとっかかりとなった地域だ。

最初の岩絵サイトToca da Entrada do Pajauに。
Tocaは英語でいえばタッチという意味だが、この場合、洞窟、また、シェルター的な岩が大きく削れた場所を指している。深い洞窟は無く、絵の多くはシェルターに描かれている。オーストラリアに似ている。Toca da Entrada do Pajauは半月型のシェルターに細かい赤い絵がたくさん描かれている。思った以上に小さな絵だ。人物は高さ10センチ以下、小さなものは3-4センチで描かれている。線が細く、たぶん木の枝か草の茎を絵筆にして描いているのだろう。年代は12000年前までさかのぼるという。ひとつひとつの場面を見ていくととても面白い。

動物は素朴な描き方だが、それぞれ特徴をとらえていて、しかも動きがある。後ろを振り返りつつ走る鹿など。角の形で鹿の種類もわかるようだ。この地域に人間が来たのは約10万年前で、その頃は深い森に覆われていた。マストドン、サーベル・タイガー、巨大ナマケモノ、小さな馬などの大きな哺乳類が住んでいた。巨大なアルマジロもいた。体長が3メートルにもなるものだ。岩絵にはそれらしき動物が繰り返し登場する。これらの大きな動物は気候の乾燥化、人間による狩りなどの原因から絶滅していき、6000年前頃には小さな動物のみが残ったのだ。
下はアルマジロの尻尾のあたりに人が描かれているが、吹っ飛ばされているようにも見える。
大きな網を持って動物を捕獲しようとしている人の絵もある。


一本の木を二人の人間が持っている絵があり、信仰のようなものを感じさせるが、このモチーフはいろんな場所で繰り返し描かれている。


次にToca do Barro(粘土の洞窟)に。
カピバラ渓谷は4億年前に遡る広大な堆積層が2億2500万年前から2億1100万年前頃に隆起し、その後深く浸食・風化して出来た地形だが、大きな礫がごろごろ入っている層、細かな砂岩状の層などが重なっている。長いスパンでの雨量の変化の跡だ。このシェルターは大きな礫の入った層で、平坦な部分が少ないのだが、大きな方解石の礫の上に絵が描かれているのが珍しい。礫岩の粗面は一見脆く見えるが、この絵が数千年も風雨にさらされながら同じ場所に収まっていたというのが驚きだ。


次に、すぐ近くのToca do Inferno(地獄の洞窟)に。岩の深い裂け目だ。かつてこの地に暮らしていた人たちが洞窟の奥から恐ろしい声が聞こえるというのでつけた名だという。ジャガーか何か棲んでいたんじゃないかとペドロ。裂け目の一番奥「地獄」を見て戻る。
ここは岩絵はない。


次にToca da Entrada do Baixao da Vacaに
細かいが重要な絵がたくさん描かれた場所だ。特に、簀巻きのようなミノムシのような姿の絵はあちこちにかならずと言っていいほど出てくるイメージで、おそらく何かの儀式か祭の装束なのだろうが、興味深い。両手を半円形に曲げて上に上げているのは女性像だ。ミノムシたちは男らしい。




これは蜂の巣から蜜をとっている場面と言われている。片手で目を守っている。


セックスを描いたものも多い(左)。右は出産の場面と言われている。オーストラリアやバハ・カリフォルニアのように女性の乳房が左右の手の下に描かれることはないが、男の性器は横についているように描かれていることが多い。

岩場にはモッコと呼ばれる兎くらいの齧歯類がいる。これの糞尿が岩絵に甚大なダメージを与えるため、岩絵の上に巣穴を作らないように、穴を塞ぐなどあれこれ手を尽くしている。

次にToca do Paraguaioに。
ここは1970年にギドンが初めてこのエリアを訪れたときに、最初に見たサイトということだ。
高低差のある幅の広いサイトで、高い場所の礫岩の壁面の下は発掘調査が行われ、二体の人骨が出土している。一体は8670年前のもので、屈葬のような形で埋葬されていた。もうひとつは約7000年前のもので、矩形の墓穴に安置されていた。
この場所の絵には三本線の鳥の足跡のようなマークが多く描かれている。ペドロの話では、セックスに関連する絵にはこのマークがよく添えられているというが、よくわからない。これがオーストラリアであれば、エミューのドリーミングと関わるシンボルという感じなのだろうが。ブラジルにもエミューに近い種類の大きな飛べない鳥がいた。レアだ。1960年代に絶滅したという。




昼食は公園のすぐ近くにある、このエリアの名所でもある陶器製作所に。工場に宿泊施設とレストランが併設されていて、人気がある。陶器はこの町の名産だったというわけではなく、地場産業振興のために作られたものだ。それが成功をおさめて、今では公園周辺だけでなく、都市部にまで出荷されている。主なモチーフはカピバラ渓谷の岩絵だ。


次に、カピバラ渓谷のシンボルともいえるToca do Boqueirao da Pedra Furadaに。一度、公園のゲートを出て、別の入り口から入り直す形になった。
ここは岩絵の保存状態がとても良い場所で、白、黄色、灰色などの塗料も消えずに残っている。多くの絵の年代は12000年以上前まで遡るタイプだが、とてもそんな風に見えない。さらに、年代が少し下がる幾何学模様を特徴とするタイプなど、公園内で見られる様々なタイプの絵が揃っていることも特徴だ。
絵の描かれている岩壁は非常に高い砂岩の岩山の下部で、全長約70メートルのほぼ全域にわたって絵が描かれている。かつてこの地域に棲んでいたであろう様々な動物、狩りの場面、踊る人たち、例のミノムシのような不思議な装束に身を包んだ人たちの絵も複数ある──。絵はどれも非常に小さく、大勢が離れた場所から見るということを全く前提にしていない印象。顔を近づけないと見えないものも多い。
岩壁の下は少しくぼ地のようになっており、さらに深く発掘調査が行われたため、空中の通路から絵を見る形になっている。




これは「キス」と呼ばれる有名な絵だ。本当にキスの場面なのかわからないが、カピバラ渓谷の絵の代表的なものとしてレストランや土産物屋など、様々な場所で引用されている。


この日はこのメインのサイトに夜戻ってきて、ライトアップされた形で見学することになっている。日暮れまではまだ時間があるというので、さらに別のサイトへ。
カピバラ渓谷は奇岩の地としても知られるが最も有名なのが、穴の開いた岩、Pedra Furadaだ。ちょうど夕日に照らされて、写真を撮るにはいい具合になっていたが、近々岩の前の広場で行われるというイベントのステージの設置工事中だった。


さらにこの奇岩の裏に回って岩絵サイトToca do Carlindo IIに。猿の群れがいた。ゲートを入り直した際にも見たのだが、小さな猿で、頭頂部の毛が黒く、ちょうど富士額のようになっている。小さいが威嚇的な顔をした猿で、そり込みを入れたような「髪形」が、一層そうした印象を強めている。小猿を撮っていたら、こちらを威嚇しながらするすると木を上り、真上に来た。荷物に小便などかけられたら大変なので、急いで移動する。


Toca do Carlindo IIの絵は不鮮明なものが多かったが、このごく小さな絵が面白い。手をつなぎあっているような人たち。何かの儀式だろうか。


岩山に登って、付近の奇岩の景色を眺める。白っぽい礫岩の層が分厚い鉄分をたっぶり含んだ砂岩の層の上に重なっている。遠くの岩山の上の凹凸が砂漠に埋もれた城塞都市の廃墟のように見える。



日が暮れて、再びToca do Boqueirao da Pedra Furadaに。岩絵だけでなく、付近の岩山までライトアップされている。なかなか壮観だ。

岩絵も太陽光では見えにくかったものが照明で鮮明になっているものが多い。特に白い塗料がくっきり浮かび上がる。





ライトアップを見て、宿に戻ったのは8時過ぎだった。日本を出てからほぼ休まず移動を続け、さらに今日は朝から12時間以上のツアーでさすがに疲れた。宿はネットでも比較的評判の良かったホテルだが、窓が無いのはちょっと辛い。
夕食に出ようとエルビオに誘われるが、あまりがっちり食べる気がしない、スナック的なものでいいよと言い、近くの屋台的な店でハンバーガーとビール。
大音量で音楽をかけながら走る車が多い。やがてギラギラに電飾をつけて子どもを満載したトラックが。
「これは何?」というと、今日は日曜だから、子どもを遊ばせている、と。遊園地的な感覚なのだろうが、凄まじい音響で、違う国に来たなと実感する。