ネオン・パーク、リトル・フィート「sailin’ shoes」のジャケット

主に70年代に活躍したアメリカのバンド、リトル・フィートが紙ジャケで発売されたので、ひとそろい買ってしまった。昔からアメリカの南・西系のバンドはあまり聞いてこなかったのだが、このバンドはアイデア豊富、変幻自在なところが以前から好きだった。リーダーでギタリストのローウェル・ジョージはドラッグ漬けだったようで、若くして亡くなった。
このバンドのジャケットはネオン・パークというイラストレータがほぼ一貫して手がけていて、一度見たら忘れられない個性がある。ポップで面白い絵だ。が、好きかと言われるとなんとも言い難い。聴くようになったのは80年代末くらいなので、LPを買ったことはなかった。「名ジャケ」として名高いセカンド・アルバムの「セイリン・シューズ」は、10代の頃にレコード屋でみかける度に、「なんて気持ち悪いジャケットなんだろう」と、忌避していた。ちょっと怖かったと言ってもいい。
今回購入した見開きジャケットを開いて、あらためて絵を詳しく見てみた。やはり何ともヘンテコリンな絵だ。
公園のような場所で、女の手足と目がついているケーキが、赤いブランコに乗って靴をとばしている。ケーキは切りとられていて、中にチョコレートのレイヤーが二層見える。ツブツブがさながらこの「ケーキちゃん」の内蔵のようだ。目は明らかにマン・レイの有名な写真のそれであり、目の下のイボのようなものは、マン・レイの写真の涙の粒をアレンジしたもののようだ。ケーキを顔に見立てるにしても、この目の大きさ、入り方がアンバランスで、えもいわれぬ居心地の悪さ、不安感を与えるものがある。「ケーキちゃん」の髪の部分にはクリスマスのデコレーションらしきヒイラギがさしてある。手前からは茶色の巨大なカタツムリが「ケーキちゃん」に迫っているが、このカタツムリの肌は細かな凹凸に覆われたざらざらした、乾いた、硬そうなものだ。右手奥には蒼い服を着た騎士のような長髪の若い人物が立っていて、さらに背後には深い茂みのような塊があるが、何か大きな魚類のようなイルカのような動物を連想させるような柔らかそうな塊がせり出している。これがマックス・エルンストの「雨上がりのヨーロッパ」や「聖アントニウスの誘惑」に見られるような奇妙な生き物のモチーフを連想させる。ジャケットを開くと左手前から表ジャケットのほぼ中央の消失点に向かって、延々と庭木と蒼い鉢植え乗せた石造のポストが無限に立ち並んでいる。このへんはポール・デルヴォーの古典趣味と独特な遠近感を連想させる。ポストの手前から三番目の影からは蒼いとんがり帽をかむった白髪の老人が「ケーキちゃん」の様子を覗き見るようにして顔を出している。ディズニー映画に出てくる小人みたいだが、見ようによってはサンタクロースのようで、ケーキちゃんの髪飾りとも呼応するようにも見える。さらにどこか浮世絵風な細い庭木が一本、屈折しつつ斜めに生えているが、根の部分は馬の蹄の形をしていて、目のような節がついている。シュールリアリスムのポップアート風のパロディーみたいな感じかなとも思うが、なんともおかしな絵だ。
ブランコに乗って靴を飛ばしている絵というと、ロココ時代のフランス貴族の享楽的生活を描いたフラゴナールの「ブランコ」が有名だ。Wikipediaにこのジャケットはフラゴナールの引喩とみられる、とあったので、ちょっと比べてみると、実に面白い。確かに、このジャケットは全体に「ブランコ」のアメリカン・ドラッグ・カルチャー版ともいえるものであることがわかる。フラゴナールの「ブランコ」では、ブランコに乗って足を開いて靴を飛ばしているマダムの手前に、茂みに隠れて彼女のスカートの中を覗いている愛人の男爵が描かれている(絵を発注したのも、この男爵自身だというからしょうもない)。マダムの後ろにはぼんやりと、ロープでブランコを揺すっているもう一人の人物=夫が描かれている。左側には上に像の置かれた石柱(こういうのを何て呼ぶのか?)もある。像はキューピットで、口に指をあてて「内緒」のポーズ。ジャケットの庭木に対応する節くれ立った細い枝もくっきりと描かれている。覗いている男爵が、ジャケット・アートの「覗いているじいさん」なのか、カタツムリなのか。いや、じいさんはキューピットかな。ちらっと見えているスカートの中が、切り取られて見えているケーキの中身だ。フラゴナールの絵の背後の木立は鬱蒼としていて、葉の間に何かの動物が潜んでいてもおかしくない雰囲気。要素は全部揃っている。これはフラゴナールの絵の「ドラッグ体験版」、あるいはドラッグ的翻案と言っていい。
この悪夢のようなイラストを全面に展開したのがリトル・フィートの二枚目、実質上のメジャーデビューアルバムのジャケットで、ネオン・パークは以後、ほぼ彼らの全てのジャケットを手がけている。ネオン・パークリトル・フィートのジャケットを手がける前にはフランク・ザッパの「イタチ野郎」のイラストを描いている。電気ひげそりが小さなイタチになっていて、引っかかれて血が出ているという、これまたジャケット史に残る、気持ち悪くもユニークな絵だ。
今回購入したリトル・フィートの他のアルバム・ジャケットは、「セイリン・シューズ」ほどおかしなものはないが、それぞれ良くみてみると面白い。名作「ディキシー・チキン」の女郎屋の女将っぽい女はどこかプロボーションがおかしいのだが、からみついているアコーディオンには顔がついている。次の「Feats don't fail me now」で稲妻が光る険しい山道を走る車に乗っているのはジョージ・ワシントンマリリン・モンローだし、他のジャケットにも兎や犬にシカの角が生えていたりする。ライブ・アルバムの「Waiting for Columbus」は完熟トマトのかわいこちゃんがハンモックに乗っているものだが、奥の茂みには古代メキシコのトゥーラ遺跡の戦士像が...(内ジャケはバーとおぼしき店のドアの貼り紙のアップで、「バイク族っぽい格好、メタルの鋲がついた服を着た奴はお断り」とある)。
ネオン・パークは80年代に入ってALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病にかかり、病状の進行とともに絵が描けなくなり、93年に亡くなった。娘さんがグラフィック・デザイナーだという。

ディキシー・チキン(紙ジャケットCD) Somewhere over the Rainbow: The Art of Neon Park