グアナファト、メキシコ料理

オアハカの次はメキシコ・シティーの西北約200キロの町グァナファトへ。小さな飛行機に乗ったが、離陸後少しうとうとしていると早くも着陸態勢に入っている。そんなに早く着くわけないよな、と窓越しによく見てみれば、元の空港に戻ってきたのだった。添乗員がひたすらスペイン語で話すだけなので、どうなってるのかさっぱり不明。英語ができる他の客に通訳してもらったところ、着陸装置に問題がみつかり云々、ということで別の飛行機に乗り換えることになった。飛行機はやはりどこか不安なのだ。
グァナファトは町全体が世界遺産になっている。付近にはかつて大変な埋蔵量を誇った銀山があり、18世紀には世界の三分の一の産出量だったという。銀の採掘とともに繁栄した町はどこか城郭のような構造になっていて、市内に入るには手掘りの坑道を再利用した長いトンネルを抜けねばならない。山間の狭いエリアにぎっしりとコロニアル時代の家が建ち並んでいる。色とりどりに塗られた家々を縫う迷路のような細い路地をぶらぶら歩くのも結構楽しいが、子供にとっては退屈極まりなかったようで、ダレダレであった。
   

ただでさえ小食な娘が、メキシコに来てから食べ慣れない味付けに苦労していた。しかも量も多い。食事のたびに憂鬱そうにしていたが、メキシコ料理は美味しい。オアハカの名物である、鶏肉にチョコレートの入った濃厚なソースをかけた料理=モーレは少し苦手だが、基本的に何を食べても旨い、というのが大まかな印象だ(ずっとイギリスばかり行っていたので、旅先で食事が旨いという経験から遠ざかっていた)。
ちょっと珍しかったのは兎料理で、これはメキシコ人にとってもそれほど一般的な料理ではないようだ。ガイド氏が「一度食べてみたかった」と言ったのが、アシエンダ=古い荘園主の邸宅を改造したレストランだった。兎肉を食べるのは初めてではなかった。単に焼いただけのものだったので、あっさりしたものだったが、館の一階部分にケージが沢山あり、兎を飼育していたことが印象に残り、数日後、皿の上に生きた兎が乗って出てくる妙な夢を見た。
「当店は兎専門店ですので、兎料理のフルコースです。先ず、新鮮な兎のミルクを飲んでいただきます。さ、ご自分で絞ってください。」と、ウエイターが言う。「え? 自分でしぼるの?兎の乳を?」じゃあ...と慣れない手つきで兎に手をかけると、兎は自ら「さ、絞ってください」とばかりに仰向けになるではないか。こんなのから乳が出るのかよ? と思いつつ、怖々小さな乳首を摘んだら、ウエイターが、「いえ、そうではありません。こうです」と言いつつ、兎の全身を雑巾のようにギューっと絞り始めた。「そ、そんな無茶な!」というところで目が覚めた。どうも「兎の乳ですか」とか寝言も言っていたらしい。
果物も安くて旨い。ウチワサボテンの実=トゥーナなどもほんのり甘くて美味しいし、マンゴーやパパイヤが旨い。不思議なことにホテルの朝飯に出てくるのは熟れていないものが多くていまいちだったりする。市場で売っているのを買って食べるのが安くて旨い。
ベラクルスなど、沿海地域では魚介料理が豊富だ。魚を丸ごと一尾、からっと焼いて、ガーリックやグリーントマトなどのソースで味付けした「ベラクルス風」魚料理が実に旨かった。

ところで、メキシコはコカコーラ天国なのだ。売店にはすべからくコーラの瓶の絵が描いてある。皆、コーラを飲むこと飲むこと。600mlのボトルをグイグイ飲む。ガイド君も600mlを二本続けざまに飲んだりしていた。しかも「ダイエット・コークは味が悪い」と不人気なのだ。マクドナルドのセットにはメガ級のセットがあり、これについているコーラは赤い半透明のボトルに1リットルくらいのコーラが詰まった、一見何かの兵器なのではないかと見まがうようなオソロシイ代物だった。しかもこれを注文している人が大勢いるではないか! 食欲が無いから夕飯を食べたくないと渋る娘を、一度仕方なくマクドナルドに連れて行ったが、入店してあたかもサンクチャリに到達したかのような法悦感に包まれていた愚かな娘も、この爆弾のようなコーラを目にして、「これはちょっと怖い」と。メキシコの30代以降の男性の多くが腹がボコっと出ているのは、コーラのせいじゃないだろうか。コカコーラ・ボトラーズもラテン・アメリカ諸国が頼みの綱かもしれない。そういえばアメリカ資本主義が土地の私有意識とコーラとともに密林に入っていくような「祟りの村」というコロンビアのグアリノ族の少年が語る寓話のような半ノンフィクションを読んだことがある。面白い話だった。あまり売れなかったようで、あっという間に絶版状態になったが。
祟りの村―文明「災害」とたたかったコロンビア・グアリノ族の冒険


メキシコの食堂で一番印象に残っているのは、兎料理を出すアシエンダではなく、カンペチェ州南東の街道沿いの「El Tornado=竜巻軒」という食堂だ。町から離れた、付近に家もないだだっ広い荒れ地に一軒だけポツんと立っている小さな食堂で、婆さんとおばちゃんの二人でやっていた。おばちゃんの小さな子供が二人、ウロチョロしていて、テーブルの周りで泣いたり笑ったり喚いたりしていた。家の台所と兼用の厨房で作っていたが、看板には「24時間営業」の文字が! そんな無茶な。