トゥーソンの鉱物・化石ショー

農薬入り餃子のニュースを聞いた娘が「私は餃子が大好物なのに、こんなことでは安心して食事もできないねぇ」というような趣旨の発言を。先週の土曜、ナンジャタウンの「餃子スタジアム」で「私はむしろハンバーガーが食べたい」と暴言をはいていたのは誰だったのか。 



今、アリゾナのトゥーソンで世界最大の鉱物・化石ショーが開かれている。町中が「石」一色になり、モーテルの部屋から何から、ありとあらゆる場所で店が開かれるようだ。残念ながら、この季節は忙しく、一度も行ったことがないが、いつか是非行ってみたい。「ナポリを見てから死ね」ではないが、瑪瑙好きとしては、死ぬ前に一度は行かなきゃ、人生に大きな欠損を残したことになるような気にさせられる。

知っているコレクターやディーラーの多くも行っている。その中の一人、ケンタッキーの農村で瑪瑙を採っていた若いコレクターはここ数年「瑪瑙ビジネス」をどんどん拡大していて、今年はトゥーソンでI'm gonna spend my fortuneだと言って出かけていった。まだ30代前半くらいではないだろうか。小さな子と一緒に写っている写真を送ってきたが、ニルヴァーナカート・コバーンに良く似た風貌だ。数年前に瑪瑙の交換をしたが、ロシアの瑪瑙に強く関心をもっていた。その後、自分で切って磨いた瑪瑙を売るようになり、最近はロシアの業者とつながりができて、単身現地に赴き、なかなか流通に乗らないロシアやカザフスタンの瑪瑙を大量に仕入れてきた。26時間かけてシベリアまで行ってきたのだ。
通常のアメリカ人にとって、海外旅行は大変なイヴェントだと思うが、「ロシア」は実際の距離だけでなく、文化史、政治史的な距離からしても、最も遠い場所にちがいない。しかも、モスクワやサンクト・ペテルブルクじゃなくて、シベリア、ウラル山脈なのだ。「俺はこの世の果てまで行ってきたぜ! どうだい、こんな遠くまで行って瑪瑙を持って帰ってきた奴が他にいるかい?」という感じのニュアンスで宣伝している。世界各地に行っている鉱物の業者はたくさんいると思うが、彼は元は単なる一人の瑪瑙コレクターだったわけで、大冒険だったに違いない。いつもメールに「U.S.S.R.の瑪瑙」と書いてくるのも可笑しい。彼はソ連が崩壊したとき、まだティーン・エイジャーだったんではないか? ソ連アレルギーはあまり無い世代かもしれないが、映画でいうとロッキーがソ連のボクサーと戦った話とか、シュワルツネッガーがソ連の警察官役をやった映画なんかを観たのが十代半ばくらいだったかもしれない。
今回彼が送ってくれた瑪瑙の中に、タジキスタンの瑪瑙があった。初めてみるものだ。カザフスタンウズベキスタンタジキスタンと、このへんにはいろいろと知られていない石がありそうだが、ほとんど情報が入ってこない。瑪瑙を掘っても大した商売にならないので、商業的な採掘はない。
私はいろいろな国の瑪瑙を集めるのが好きだ。石なんだから、国境なんか関係ないし、同じ造山運動で生成したものが、たまたま二、三カ国に散らばっていることなども多い。それが、ほとんど似たものでも、全部の国のものを持っていたくなる。全く面白くもなんともない瑪瑙でも、珍しい産地だと持っていたくなる。スコットランドの瑪瑙など、特に面白みのないものでも、小さな島で採れたものなども持っていたくなる。どれも、持っていても全く仕方ないのだが。人間がこの世に出てくる遙か前に出来た石だと知っていつつも、それぞれの国、場所で採れる石は、どこかその国特有の空気を吸ってきたような、地質学的時間だけでなく、どこか文化的・歴史的時間をも過ごしてきたようなイメージを持ってしまうところがあるのだ。