立ち食いそば

ながらく利用してきた立ち食いそば屋が、最近、天ぷらがメリケン粉過多でかなわない。たまねぎや春菊の天ぷらの間にメリケン粉の塊がぎっしり入っていて、食べている途中で気持ち悪くなってくる。夜食べるとガチガチになっている。以前も時にそういうことはあったのだが、基本的にさっくりと揚がっていることが多かったので、よく利用してきたのだが、多分、午後に揚げる人が変わったのだろう。
思い返してみれば、立ち食いそば屋の天ぷら問題がなにかとつきまとう。
20年ほど前、石神井公園に住んでいたときは、駅前のそば屋の天ぷらが好きで、よく利用していた。主な店員は二人のおじさんだった。
ある日、入店すると、食券券売機の前で若いカップルが何を買うか迷っていた。正確に言うと、女の子の方は既に決めていて、食券を握って待っていたのだが、男が迷いに迷っていた。後ろに並んだ私に「あ、お先にどうぞ」という。その後も、珍しいくらい延々と迷う。「天ぷらか、この天ぷらって...何が入ってるんだろ。どう思う? やっぱり冷たいそばにしようかな、いや、でも...」みたいなことを言いつつボタンの上で指が彷徨っているのを、厨房から件の店員二人がじっと見ていた。
「立ち食いそば屋でそんなに迷うかね、しかも女の子を待たせてまで。」というのが、そのとき店内にいた客の大方の感想だったと思うが、この二人が店を出たとたんに、「なんだぁーー!あいつは。」と、大声を上げて厨房の二人のイライラが爆発。女の子が美人だったことが怒りの火種となったことは、やはりそのとき店内にいた客の大方にとっても明らかだったのだが、「何で、あんな奴に...」と、大に憤慨していた二人のうちの一人が、半年後くらいにいなくなってから、天ぷらがメリケン粉過多のパターンを辿るようになり、私は行かなくなったのだった。随分前のことなので、現在、天ぷらがどのようなことになっているのかは知らないのだが。
池袋に通うようになってからは、西口五差路を少し芸術劇場寄りに歩いたところにあった「伊那」をよく利用していた。かつて画材大手の「いずみや」があった道沿いだ。狭い店で、男二人でやっていたが、天ぷらを揚げていた男性に感心した。粉と具の割合もよく、かき揚げを油に入れた後、こまめに箸でつつく所作が実にきめ細かい。長く置かないように、少しずつ揚げて補充しているのだった。これが天ぷら屋であったら、別にどうということもないのだが、一杯380円のそばだということが重要なのだ。カップラーメンが400円するはずがない国なのだ。
その人が別店舗に移動し、残った人が体を悪くしたとかで、あるときから店員が変わったのだが、これがいけなかった。麺は長くゆで置きするは、天ぷらはやはりメリケン粉過多路線を転げ落ちるように辿ったのだった。これで客足が引いたのかどうかわからないが、ある日行ってみると、地鶏の天ぷらを乗せる、ちょっと値段の高い立ち食いそば屋になり、しばらくして閉店していた。
誰が立ち食いそば屋に値段の高い地鶏の天ぷらを求めるのか。
こうなると、通勤ルート上の池袋西口の立ち食いそば屋は駅前の「富士そば」を残すのみなのだが、この店のつゆが、どうにも薄い感じがして馴染めない。関西風というわけでもなく、どうも「薄い」感じがするとしか言いようがない。
富士そば」は面白い会社で、各店に味やメニューに関して、自由な裁量を与えているらしい。確かに、最近、自宅の駅前に出来た「富士そば」と、池袋西口の「富士そば」には、かなりの味の違いがある。
かつて私が通っていた西口の「伊那」で天ぷらを揚げていた人は、今、要町の交差点近くの「伊那」の店長をやっている。ごく小さな店だ。事務所から、なかなか駅と反対方向に行く機会がないのだが、麺はゆでたてだし、天ぷらがおいしい。立ち食いそば屋ファンは是非、要町の「伊那」に行っていただきたい。