オーストラリア再訪・中篇 Lauraへ

ケープ・トリビュレーションから北へ、クックタウン方面に続く海岸に近い道を移動する。ほとんどがオフ・ロードで、まだ雨期が終わったばかりなので、川を越えられるかどうか心配だったが、ケープ・トリビュレーションのロッジの管理人が「問題無い」と言い切ったので、行ってみることにした。
もしダメとなったら、一度ずっと南下してぐるっと大回りする、倍の長さの道を行かなくてはならない。何時間も余計にかかってしまう。

車は日産のエクストレイルか同レベルの4WD車ということで予約していたが、三菱アウトランダーだった。エクストレイルにしてもアウトランダーにしても今いち股下の浅い車なので、こちらを走っている本格的なオフロード車に比べるとなんとも中途半端な感じだ。しかも、川を渡るには排気口が屋根の上に延びている「シュノーケル」がついたものが安心なのだが、アウトランダーのそれは普通の車とほとんど変わらない高さにある。ちょっとパイプの口が下を向いているくらいだ。これでホントに川が渡れるんだろうか? とても不安だった。

ひとつ、ふたつ、大騒ぎしながらなんとか川越えをクリアする。海に近いため、川の水深も干満潮の影響を受ける。最後に最も川幅のあるブルームフィールドBloomfield川の前まで来た。川底につけられた細い舗装道があるのだが、これは雨期には水没していて通れない。このルートの名所のひとつだ。今は雨期が終わったばかりで、渡る前に調べてみると一番深い所で水深50センチ以上ありそうだ。しかも流れにはそれなりに勢いがある。排気口に水が入らないように一気に渡りきった。
現在隣に橋を建設中で、おそらく来年くらいには完成するに違いない。便利にはなるが、名所がひとつなくなるということになる。ブルームフィールド川沿いにあるWujal Wujalはアボリジニのコミュニティーで、アルコールの持ち込みが厳しく禁じられている。個人で持ち歩くのも禁止だ。
結局、川越え以外は、凹凸の少ない走りやすい道だった。

ケープ・トリビュレーションから約4時間ほどで到着した、ケアンズの北西約250kmくらいの所にある町ローラ=Lauraは人口100人前後のごく小さな町だ。アボリジニが三分の二、残りが白人。簡素な宿が二軒、ガソリンスタンドが一軒、雑貨屋が一軒ある。宿の女性が「とくに何もない」と言う、そのままの場所なのだが、周辺にアボリジニの岩絵が多く残っていることで知られており、絵の多さという点ではオーストラリア、いや世界屈指といえる。二年に一度アボリジニのダンス・フェルティバルが開かれることでも有名だ。昨年開かれたので、次回は来年の6月だ。
南にあるPalmer川で19世紀後半に金が採れたため、この地域はクックタウンへの通り道としてゴールド・ラッシュに沸き、鉄道も敷かれたが、金の産出量が減り、開通はしたものの、利用されることなく廃線となったという。
ゴールド・ラッシュは地域のアボリジニ社会にも大きな影響を与えた。広東省出身の中国人採掘者を含む大量の移住者とアボリジニとの間にたびたび抗争が起きている。

本当は丸四日ほどかけて主な岩絵サイトをひととおり見たかったが、残念ながら4月上旬にオーストラリア北東部を襲ったサイクロン、アイタによって遺跡へのアクセスの多くが塞がってしまった。岩絵がある場所は基本的にはQuinkan & Regional Cultural Centerにガイドしてもらって行くのがルールで、勝手に行くことはできない。もっとも、サイトの詳細な場所を記した地図も無いし、雨期が明けて人が通った痕跡も全く消えてしまったブッシュを歩くので、行こうと思っても行けるものではないが。
出発の3週間前に「あと3週間もあるけれど、本当に道は修復されないのか?」と重ねて尋ねたが、ダメだという返事だった。現地に行ってわかったが、岩絵に至る道は、道というようなものではなく、ブッシュの中をオフロード車で通り易い所を通るだけのルートで、おそらく水で流された岩や倒木でぐちゃぐちゃになっている所があるのだろう。歩き通せる距離ではない。落雷で燃えた木も多く、割れて尖った木の枝はタイヤを貫く。これらをクリアして再び通れるようにするのは、たしかに骨の折れる作業に違いない。
ただ、カルチャーセンターだけは情報収集も兼ねて見学しようと立ち寄ると、これがなんと閉まっていた。ツアーはできないと言われていたが、センターが閉まっているとは聞いていない。「オフ・シーズンは閉めることがあります」と、貼り紙がしてあった。町に行き、事情を何気なく雑貨屋の主人に話すと、「ほら、あそこでコーヒーを飲んでるのが、カルチャーセンターの管理人だよ。話してみたらどうだ?」と。初老の白人だ。
近寄って挨拶すると、「あぁ、メールをくれたのはあんたか。明後日の日曜には開けるかもしれない」と、なんとも気のない返事だった。はるばる海外から来ていることを知っていて、車で2、3分の所にちょっと行って開けてやろうという気もないらしい。アボリジニの文化を紹介するセンターの責任者が白人だということも意外だったが、全くやる気の無い態度に驚いた。

仕方がないので、Laura周辺で唯一自由に見学できるサイトSplit Rockに行く。道路から少し入った所にあり、アクセスも容易だ。
全体にかなり不鮮明になっているが、人物、精霊、祖霊、動植物と、様々なモチーフが描かれている。

上の白いサルのような生き物はQuinkanと呼ばれる、この地域特有の精霊像だ。先の丸い尻尾でピョンピョン跳ねながら移動するのだという。


上の画像で、縦長の赤い動物はワニだが、間に挟まれている白い形は上が人間の足跡、下の二つのペアはカンガルーのものだ。カンガルー狩りを示していると考えられている。


上の画像で頭に木が生えたようになっている人物は、羽飾りを付けた祖霊、もしくはヤムイモの精霊かもしれないという。ヤムイモは重要な食材だったため、度々岩絵に出てくる。


壁面にはおそらく描かれた年代も異なる絵が重なり合っている。人物の描き方も、線だけで描かれた簡素なものから目や口がついたものなど、様々だ。絵が描かれた年代は古いものは25000年前という測定結果も出ているが、混じり合ってしまっているため、判然としないようだ。ペインティングだけでなく、彫り込まれたものもある。出土品から、この地域に35000年前頃から人の居住があったことは確からしい。


上はエミューとコウモリ(果物を食べるフライング・フォックスと呼ばれる大きなコウモリ)。


これはSplit RockのA2サイトと呼ばれる壁面に描かれた四つの背の高い精霊像。ここ数十年でかなり不鮮明になってしまった。



ローラは特に何もない所だが、鳥が好きな人にはいい場所だ。インコ、オウムの類いがたくさんいる。モモイロインコ、ゴシキセイガイインコ、キバタン、ハゴロモインコ、様々なビー・イーターやフライ・キャッチャーなど、これまで訪れた国立公園などにくらべても遥かに多く見ることができた。ホロホロチョウが走り回り、ワライカセミも宿の裏でけたたましく笑っていた。朝にはワラビーがあちこちで跳ね回っている。