エレーナ・レッダとサヴィーナ・ヤナトウの競演/スコットランドのト

小学二年生の娘が学校で、「あんたのお父さんて、日本人じゃないでしょ。外人が入ってるでしょ」的なことを言われ、「えっ? ええと... ど、どうなんだろ?」的なうろたえた反応のまま帰り、嫁に「どうなの?」と質問したらしい。確かに「イラン人とかイラク人とかアフガン人とか言われがちだし、実の父親にも’お前はちょっと変わった顔してるな’と言われたことさえあるが......。娘、お前は自分の父親が何だと思ってたのか? 


サルディーニャ島の歌手Elena Leddaとギリシアのトラッド系の歌手SavinaYannatouの競演ライブアルバム「Tutti Baci」が出ていることを知り、早速聴く。サヴィーナのアルバムを多数出しているギリシアのLyraレーベルから出ているので、サヴィーナ側が企画したのかもしれない。エレーナには同じくサルディーニャ島の作曲家でマンドーラ奏者のMauro Palmasが、サヴィーナにはここ10余年彼女の専属バンドとして活動しているバンド、プリマヴェラ・エン・サロニコがついている。両者のレパートリーを半々くらいずつ演っているのだが、単なるジョイント・コンサートという感じではなく、それぞれがもつユニークな歌唱のスタイルを積極的に相手の曲に反映させていて、聴き応え十分だった。エレーナ・レッダはキャリアの割に寡作な歌手だと思うが、サヴィーナ・ヤナトウは非常に精力的に作品作りを続けている人だ。競演も含めると既に20枚ほどのアルバムがある。ギリシアのトラッドをベースにしたものから、中世、ルネサンス音楽、最近では地中海の他の地域のトラッドや西アジアの伝統歌を独自に解釈したものもあり、鳥の声のような甲高い独特な発声を活かしたフリースタイルのヴォイス・パフォーマンスもありと多彩だ。地中海周辺の子守歌を集めたアルバムや、地母神を主題にした曲を集めたアルバムなどもあり、伝承歌の収集とその現代的なアレンジにも積極的だ。エレーナ・レッダの曲はサルディーニャ島のトラッドが多いが、そこにサヴィーナの声が共鳴絃のように被さってくると、どこか呪術的ともいえるような効果があり、大変な迫力だった。サヴィーナは中国の伝承歌らしき曲もやっている。二人にパルマスも参加しての混声歌唱も素晴らしく良かった。


音楽の友社が出している高松晃子著『スコットランド 旅する人々と音楽』を読む。スコットランドの流浪民「トラヴェラー」の社会と歌の伝承の仕方について初めてまとまった文章を読んだので、とても面白かった。現在のスコットランドのトラッド・ミュージック・シーンは5-60年代のトラヴェラーの歌の「再発見」抜きには考えられないということがよくわかったし、この「再発見」が、それまで氏族ごとに継承されてきた財産としての歌唱が、部外者によって記録・評価されていくことによって、一般化、マス・プロダクト化されることにより、奪われ、解体されていくことにもつながっていったことなど、考えさせられることも多かった。ただ、200頁弱の薄い本で、スコットランド文化の基本的な紹介などの非常にベーシックな解説から始めながら、後半の「トラヴェラー」の社会に関する記述では、歌唱の伝承の仕方の構造分析など、学術論文的仕立てのまま一般書向けに書き換えたような体裁になっていることなど、編集の仕方に一貫性が欠け、パートごとにバラバラな印象があることがちょっと気になった。著者はかなり深くフィールドワークをしてきたようなので、実際に接した人たちの来歴や人となりに関してもう少し実感を伴う話を読みたかったし、伝承歌を扱いながら、歌詞の紹介が非常に少ないのも物足りなかった。「悲しい歌にその場にいる皆が涙した」というような記述があっても、具体的にどういう内容の歌なのかわからないといまひとつイメージしにくい。シリーズ本なのでページ数に制限があったのだろうが、歌詞を改行せずに詰め込んでもいいから沢山紹介してほしかった。できればこの人のフィールドワークの成果と出会ったトラヴェラーたちの人間像を、もっと十分なボリュームで読んでみたいと思う。トラヴェラーと呼ばれる人たちはその名の通り移動生活者だが、現在はコミュニティーも解体しつつあり、定住者も多いようだ。この本が書かれてから既に10年近く経っているので、事態はさらに変化しているだろう。彼らは民族的には一般のスコットランド人と何ら変わることはないようだが、祖先の多くは鋳掛け屋などの職能集団であった可能性が高いらしい。
旅する鋳掛け屋や籠作りなどの伝統は世界各地にある。金属を扱う人たちというのは古代世界においても特異な役割を果たしたと考えられている。青銅器、鉄器づくりの冶金技術をもった人たちのことだ。ブリテン島の「ケルト的」文化は、大陸のケルト人たちの大規模な移住によるものではなく、大陸からの文化的伝搬によって造り上げられたと見られているが、この伝搬を担ったのが、冶金技術を能くした人たちである可能性もある。数年前ストーンヘンジの近くのエイムズベリーから特別に丁重に葬られていた初期青銅器時代のニ体の遺骨が出土し、「ストーンヘンジの王か」と報じられたが、彼らはアルプス地方育ちで、副葬品の金細工はブリテン島で出土した最古の金細工だったことがわかっている。彼らは血縁関係にあると見られ、副葬品の金細工は大陸産、青銅のナイフなどにはスペインと西フランス産の銅が使われていた。この二人は弓の射手の姿をしていたようなので、冶金職人というわけではないようだが、金属が大陸中を長く旅していることから、金属そのものだけでなく、冶金技術を能くする「旅する」人たちがいて、文化的伝搬の重要な担い手であった可能性も考えられている。現在のトラベラーたちの一部にも、もしかすると数千年の背景があるかもしれないと、勝手に想像してみるのだった。

サヴィーナ・ヤナトウとエレーナ・レッダのライブはAmazonなどのメガ・ストアでは売られていない。以下にある。値段に随分な違いがある。
http://www.ahora-tyo.com/artist/artist.php?row=1&anm=SAVINA+YANNATOU+%26+ELENA+LEDDA
http://www.gardenshedcd.com/greece/index.html

サヴィーナのヴィデオがYou Tube
http://www.youtube.com/watch?v=4JV-98cKZO0

スコットランド 旅する人々と音楽 (はじめて音楽と出会う本)