アルジェリア、タッシリ・ナジェール岩絵撮影行・その8



砂漠で1週間も過ぎると一日がはやく感じられる。あまりに淡々としているからか。さっきテントを畳んだと思ったら、もう設営、また解体、また設営....そんな印象だ。
アンドラスとロバートはテントは面倒だからと気温の高い日は地面にマットを敷いてその上に寝袋に入って寝ていたが、明け方5度、6度となるとさすがに寒いのでテントに入っている。それにしても白人は丈夫だなとあらためて思うのだった。冷えに強い(日本人が弱いのかも)。

この日はQued Sirikという名のOued In Djeraneの北にある大きな枯川に入り、90年代にFalestiniというイタリアの研究者が記録して以来、おそらく誰も入っていないいくつかのサイトを巡る。これほど岩絵で有名な場所で、こんなにほとんど人が見ていない場所があるということが驚きだ。アンドラスもほとんど初見の場所なので、皆で見落としの無いように注意深く絵を探す。さほど大きなシェルターでなくとも、意外に絵を見落とすものだ。



赤と白の2色で描いた、よく肥えた牛がたくさん描かれている、規模の大きな放牧が行われていたことが伺われる。「後期放牧期」と呼ばれる時代のもののようだ。頭が三つ葉のクローバーのような形で描かれている人物があちこちで見られる。髪形なのか、こうした形の帽子なのか。こうした特徴的な様式からもいつ頃描かれたものか特定できるのかもしれない。





牛の群れは高い写実性で描かれ、躍動感がある。家畜化された動物だけではない。白地に赤い斑点をつけたキリンの絵やサイ、ダチョウの石彫もある。







大きな丸く深い穴の空いた岩があり、すり鉢など、道具として使われてきた形跡がある。ヨナスは人が作ったものだと言うが、私はポットホールではないかと思う。ポットホールの空いた岩を割り出してシェルターまで運んだか、この形のまま落ちていたかどちらかだろう。これだけ深く岩を彫り込むのは並大抵の労力ではないし、すり鉢などに使うにしてもここまで深くする必要はない。



アブドゥラが「シャルトル」と呼ぶ洞窟に入る。深く広く、しかも天井がものすごく高い。確かにまるで聖堂の中のようだ。しかも入り口が三角で本当に聖堂の入り口のように見える。外からはこれだけ大きな空間が内部にあるとはなかなかわからない。中にはコウモリがたくさんいるようだったが、天井が高くよく見えない。こうした暗い場所には絵はない。




弓をひく複数の人物がアクロバティックな構成で描かれている場所があった。この絵は傑作だ。上が自然光で撮った写真で、下が自然光を遮ってフラッシュで撮影したもの。フラッシュで撮るとフラットな絵が得られるが、これだけ凹凸のある面にこれだけ繊細な絵を書き、光を平均化すると完璧な形で見えるということがすごい。岩絵に関して、絵が上手いと(現代的な鑑賞眼で感じられる)ことをあまり重視したくはないが、ときどき、本当に「上手い!」と感心するものがある。




もう少し素朴な絵もあるが、下の絵の左下の動物の頭をした人のようなものが面白い。頭つきの毛皮をまとった人のようにも見える。これをtweetしたところ、これは単に動物を後ろから見た姿でしょ、というコメントがあったが、それはまず考えにくい。動物を後ろ、上、前から描いた絵や石彫はこのエリアの岩絵の写真で見たことがないし(他の場所でも無いように思うが)、もしあったとしても、右上の牛の形を見ても、後ろから見た牛の体をこんなに四角い、抽象化した形で描くとは考えられない。



カップルの絵がまたあった。女性らしき人が赤い腰巻きをしている。



キャンプ地は大きな尖った岩の横だった。
夕食の後、アブドゥラに「砂漠の幽霊話とかあるの?」ときくと、「many, many....」とニヤニヤしながら言うので、ひとつ話してと頼む。サハラでは魔物や精霊のようなものはジンと呼ぶのだ。話してくれたのは、こんな話。

ある谷にジンが住んでいた。ジンは谷に来る人間を次々に襲い、99人殺した。ある夕暮れ、一人の老人が谷に降りて来た。老人が寝る場所を決めるとジンが近づいていき、「お前がここに来た100人目」だと言う。ジンは老人がする全てのしぐさを真似してみせた。老人が荷物をほどけば、自分も同じようなものを取り出して同じようにしてみせる。老人が火をおこせば同じように火をおこす。老人が鍋を出して食事の用意をすると、ジンも自分の鍋を出し、同じようなことをしてみせる。こうしたことを繰り返した後、老人が火のついた燃えさしをもって長く延びた顎ヒゲの先を焼き始めた。これを見たジンも同じようにたき火の中から燃えさしを取り出して顎にあてたが、全身毛に覆われていたジンはまたたく間に火だるまになってしまい、逃げていった、という話。サトリの話に良く似ている。

もうひとつ、現代版の話もしてくれた。
ある外国の旅人がリビアから車で旅してきて、砂漠の中の小さな村に着いた。滅多に外国人を見ない村人は彼を大いに歓迎し、今日はちょうど結婚式があるので、是非参列していってくれと言う。宴たけなわで、すっかり気分良くなっていた旅人だが、花嫁のドレスの下から毛むくじゃらの動物の足がのぞいていることに気づく。よく見ると、村人みな、動物の足だった。驚いてその場を飛び出し、車に乗って逃げた...。──という話を、たまたま乗せたヒッチハイカーにすると、ハイカーが「それはこんな足だったかい?」と見せる、という話。これもまたよくある構造の話だ。日本でも似た話あるよ、と、「こんな顔でしたかぁ?」の、むじなの話をして、大いに笑って皆寝た。