タッシリ・ナジェール壁画紀行 その5

Techekalaouenのキャンプはそのままに西のOuan Mellenへ向かう。

昨年見たかどうか定かでないが、白い小さなユリのような花があちこちに咲いている。ごく小さな草花は何種類か咲いているのだが、こうした大きなものは他に無い。全てがカサカサでトゲトゲのガジガジなので、見るとホッとする。

 

 

途中、数日前に降った雨でできた水たまりに、メダカくらいの大きさの魚がたくさん泳いでいた。卵でお腹が膨れているものもいる。雨が降ると魚が湧いてくるというような話は聞いていたが、数日で干上がる水たまりに本当に魚が泳いでいるのだ。

帰国後に知ったがこれは魚ではなく、ホウネンエビの仲間だった。カブトエビのいる水たまりもあった。ホウネンエビカブトエビも耐久卵が特徴で、カブトエビの仲間には300年も休眠する卵がある例もあるという。次に同じ場所に水たまりができるまで、何年も砂の中で眠り、数日の間に次に雨が降るときのために卵を産んで、命を終えるのだ。生命のたくましさ、というより、生命は遺伝子の乗り物にすぎないという言葉を思い出してしまった。

子どもの頃、マンガ誌にシーモンキーという、乾燥した卵を水槽に入れると孵るプランクトンの広告が出ていたが、あれもホウネンエビの一種だったようだ。この姿のどこを見て「モンキー」という名をつけたのかよくわからないが。

 

 

Ouan Mellenで最も見ごたえがあったのは低いシェルターの天井に描かれたもので、様々な時代の絵が重ねられていた。弓をひくアンテロープの絵が面白い。これは1950年のスイスのヨーランド・チューディの探検隊が模写を残していて、出発前に英さんから画像ファイルを送っていただいていた。こうした擬人化されたような、あるいは半人半獣の姿の絵はあるが、ここまでユーモラスというか、戯画風なものは珍しい。弓をひいているのが角の無い若いアンテロープなので、下の父親が教えている所なのではという見方もある。

ここの天井画は細かく見ていくといろんなモチーフがあって面白いのだが、カバの親子の絵もなかなかいい。近くには双頭のカバの絵もある。

 

 

最も繊細な線で描かれたものはイヘーレン様式と呼ばれる、白人系の遊牧民の時代のものと共通点が多いがどうだろうか。ちょっとタッチが違うところもあるように感じられるが。特異な才能のある者によって新しい絵画の様式が生みだされると、そのスタイルを模倣し、また独自のものとして展開する者も出てくる。作者同士が直接に関係の無い間がらだったとしても、絵を見ることによって生み出される感性、視線、技術があるはずだ。似た様式の絵を残した者が同じ集団、同じ民族に属していたかどうかというのは、なかなか判断が難しいかもしれない。また、絵の技法はそれ自体として伝搬するというより、描く対象、モチーフとともに伝わるように思う。イヘーレン様式の絵もライオン狩りなど、定番の場面というものがあり、これが実際にそれを目にした者によって描かれているかどうかはわからないだろう。

 

 

チューリップのような頭の人物像がある。南のニジェールの壁画にこうした姿の戦士像がある。「リビアの戦士像」と呼ばれる様式だ。ニジェールに残るこのタイプの刻画と比べるとかなり描線など、かなり素朴だが、両手を上げるポーズも似ている。

 

 

壁面を壁画専用の画像補正ソフトDStretchにかけると肉眼ではよく見えなかった数多くのモチーフが浮かび上がってくる。象の絵と射手たち。獣人の射手が他にも描かれていることがわかる。

 

 

夕方一度キャンプに戻った後、また少し離れた場所に希望者だけ行くことに。相変わらず足が痛いが、せっかくここまで来たのだから、参加することにした。

フォルムの美しいキリン像を見た。これも狩猟採集民時代晩期のものだろうか。