「先史時代の岩絵の世界」その3

先史時代の岩絵の世界第3回

インドネシアスラウェシ島/人類最古の絵はどこに?

 

 「人類最古の絵」はどこにあるのか──。

 これまで美術の歴史をたどる書籍などで、最初に紹介されるのは決まってラスコーなど、ヨーロッパの洞窟壁画だった。これらは主に約3万5000年から1万5000年前のものだ。

 だが近年、こうした見方がくずれつつある。

 2014年秋、インドネシアスラウェシ島の洞窟壁画の年代測定値が発表されると、「芸術誕生の地はヨーロッパではないかも?」といった見出しが欧米のニュースサイトに踊った。洞窟の天井につけられた手形から、約3万9900年前という数値が出たのだ。

 その少し前、スペインの洞窟壁画の一部から約4万800年前という数値が出てはいたが、スラウェシ島の絵はこれをさらに更新するのではないかと、どこか残念がるトーンで伝えられたのだ。そして予想通り、その後の調査でスラウェシ島の壁画は約4万4000年前までさかのぼっている。

 

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約3万9900年以上前という数値の出た手形。Leang Timpuseng洞窟。

 

 東洋と西洋で「最古」を争うことにあまり意味があるとは思わないが、人間の歴史をたどる上ではとても興味深い。

 現生人類共通の故郷はアフリカだ。約30万~20万年前、アフリカで誕生した現生人類は、約7万年前頃からアフリカを出、世界各地に広がっていった。

 初期に出たグループのひとつは、アラビア半島、インド沿岸、インドネシアを通ってオーストラリアに約6万5000年前に達している。ヨーロッパに到達したのは約4万5000年前とされているので、インドネシアにとても古い絵があって不思議ではない。

 私は一昨年、スラウェシ島南部を訪れた。壁画のある洞窟は多く、未だ全容はわかっていない。小さな山村の裏山に残る絵を見に行ったとき、案内してくれた地元の青年が、この絵を見に来た外国人はあなたで2人目だよ、と教えてくれた。

 彼は子どもの頃、祖母から近くの山の洞窟の絵の話を聞いていた。おとなになって自ら調べに行き、写真をネット上に発表し、世界に知られることになったのだ。

 その洞窟の絵はとても印象的だった。アノアというカモシカに似た小型の水牛を描いたものだ。アノアの顔の近くには、人間の手形がたくさんある。おとなの手に混じってごく小さな子どもの手形も──。私にはまるで人の手と動物が何か対話をしているかのように見えた。アノアのおなかは大きく膨れている。妊娠しているのかもしれない。

 「最古の絵」に話を戻すと、一昨年、スペインの洞窟壁画で約6万5000年前というとんでもなく古い数値が出ている。

 だが、この年代に、現生人類はまだヨーロッパに到達していないはずだ。これは当時そこに住んでいたネアンデルタール人が描いたものではないかと、大きな議論になった。

 人類と絵画の歴史にはまだまだ謎が多い。

(『しんぶん赤旗』5月15日掲載の原稿に写真を一点追加)

 

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アノアと手形。アノアはカモシカほどの大きさの水牛。ボネ県、ウハリエ洞窟。

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大きな舟をあやつる人の絵。パンケップ県、ブル・シポン1洞窟。

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歩くアノアの姿。ボネ県、ウハリエ洞窟。凹凸のある地面が一本の線で表現されている。私たちにとってはごく普通の抽象的表現だが、先史時代の絵画で、この手法はとても珍しい。