ユタ・アリゾナ壁画紀行 2日目

朝早めに宿を出てブライス・キャニオンに。

ブライス・キャニオンは侵食によってできた円形の陥没地で、細長い土柱が立ち並ぶ独特の景観だ。自分で編纂した『奇岩の世界』でも紹介して、一度行ってみたいと思っていた。円形の谷の外周を歩くコースや、下に降りていくものなど、いくつかの遊歩道があるが、谷底まで降りるとかなりの高低差になる。上部の標高は2500メートルほどある。サンライズ・ポイントと呼ばれる場所から谷に降りていき、途中で引き返したが、濃淡のある赤系の縞模様の入った土柱が作る景観は見ごたえあり、できれば底まで降りてみたかったが、この日は移動も長いので仕方ない。サンセット・ポイントと呼ばれる展望ポイントまで車で移動して帰ろうと思ったが、駐車場がいっぱいで入れない。諦めて先に進むことにした。

 


東へ進み、12号線でエスカランテ地方に入る。

脇道に入って「Circle of Life」と呼ばれる絵を見に行く。小さな絵であまり有名でないが、ネットで写真を見て行きたくなった。人々が手をつないで丸く輪になっている、他であまり見ない珍しい絵柄だ。輪になった人たちの左右には別の人物が描かれ、左の人はフルートを吹いているようだ。踊っているのだろうか。サボテンの花が美しい。

この日の夜はキャンプなので、ここで火おこし用の細い枝をあつめて車に入れる。こちらの薪はものすごく太く割ってあって、火がつくまでちょっと時間かかりそうなのだ。新聞を少し持ってきていたが、細い枝もあったほうがいいなと。

 


エスカランテにはリトル・ロックショップという石屋があり、街道からすぐ近くだったので寄ってみる。ウェブサイトもあるので、前から存在は知っていた。かわいらしい小屋と露天の棚に地元の石がたくさん置いてある。店はかわいいのだが、主人はいかにもヒッピー世代というかんじの髪の長い男で、「何か具体的に探してるものはあるのかな?」と。地元の黄色い珪化木とジャスパーを買った。「クレイキャニオンのヴァリサイトとかはありますか?」と尋ねると、あれはこのへんの石じゃないかならな~と。クレイキャニオンはソルトレイクシティーのすぐ南で、かなりの距離がある。こちらは同じユタ州だからと考えてしまうが、地元の人にとっては遠い場所なのだ。

 

 

ユタの名産セプタリアン・ノジュールもあるが、少し色が黒っぽい。これは珍しいんだよと。確かにこれまで見たことなかった。が、そんな大きな石を買っている場合ではない。

次に訪れたのは「100ハンズ」と呼ばれる、壁面に整然と白い手形が押された壁画サイトだ。ここは少し道路から歩かねばならない。ところがうっかりGoogle Mapに登録していたルートを表示しておくのを忘れてしまった。電波があるところで出しておけば使えるのだが、気がついたら圏外になっていたのだ。ただ、おおまかな情報は保存していたし、標識もあったのでとりあえず歩いていくことに。

この歩道(というほどのものではないが)が、実に頼りなく、高い岩壁沿いに大きく回り込むところなどあり、少し行ったところでよくわからなくなってしまった。保存していたルートの写真とも景色が合わない。これは困った。どうすべきか迷っていると少し離れた場所に若いカップルが。

「100ハンズを見に来たの?」と問うと、そうだと。

「地図は持ってる?」「持ってるよ」。

助かった。

大きな岩山を回り込んで、「100ハンズ」のある岩壁をみつけたが、これがイメージしていた以上に高い場所だった。しかも壁面は反っていて上れそうにない。若いカップルはドイツ人で男性の方は時間をかけて壁面を登ろうとあれこれ試していたが、明らかに転落するリスクがあり、最終的に諦めた。

 


この手形は何を意味するのだろう。高い場所にあるからイニシエーションかなにかを達成した証だろうか。何らかの事柄についての連判状のようなものだろうか。興味はつきない。白い染料はあまり長く残りにくいものという印象がある。数百年というような古さではなく、白人が入ってきてからのものなのかもしれない。

この手形のサイトのすぐ近くにペトログリフも複数あるが、これをノコギリで切り出して持ち帰ろうとした痕跡が残っていた。こうした例は他にも多くある。きれいに表面だけ剝がすなんてことができるわけがない。やるとしたら、深く切り込んでブロック状に切り出すしかないだろう。

 

 

道に迷ったが、なんとか「100ハンズ」に到達でき、さらに道を進む。

北上して、キャピトル・リーフ国立公園のエリアに入る。フルータの町の近くに、フリーモントペトログリフと名づけられた、名前の通りフリーモント文化の壁画のサイトがある。頭に角のようなあるいはアンテナのようなものがついた精霊像が並んでいる。ここは車イスでも見学ができるように木道がつけられていた。

 


翌日は今回の旅行の最大の目的地であるホースシュー・キャニオンに入り、グレート・ギャラリーと呼ばれる壁画を見に行くことになっている。このためにどうするかというのが今回の旅の最大の課題だった。約10キロ、高低差200メートルの道のりというのは、数字的にはそれほどでもないのだが、なんといっても夏は暑く、公式のサイトでも「夏は避けよ」と。6月上旬はまだ真夏ではないだろうと思っていたが、昨年の気温データなど見ると、もう日中40度近くなっている日もあり、すでに真夏だ。

暑さを避けるには朝早くから歩き始めるのがよく、それにはトレールの出発点にキャンプするのがベストと思っていた。しかし、そこは駐車スペースで、テントをはるのは自由だがトイレ以外なにもない。渡米して早々にキャンプするにはちょっとしんどいかもしれないということで、少し離れたゴブリン・バレーという奇岩サイトの州営のキャンプ場を予約した。日没ぎりぎりまでゴブリン・バレーを見たかったということもある。

ゴブリン・バレーも『奇岩の世界』に掲載したが、思った以上におかしな場所だった。これも岩というより硬い土なので、時間が経てば崩れていくのだと思うが、「ゴブリン」の名にふさわしく、胴体と丸い頭のような形の岩が多く、しかも頭の部分に目のような丸い穴が空いている。おかしな芸術家が作った規模の大きな作品のような趣もある。訪れている人はみなどこか笑いながら見ているような感じがあった。

『奇岩の世界』にも掲載した「スリー・シスターズ」も間近に見られて嬉しかった。この奇岩は本当に奇跡のような造形だと思う。谷と少し離れた場所にぽつんと立っているのだが、頭に髪飾りのような冠のようなものが乗っているのも面白い。この「シスター」はちょっと恐い顔をしている。

 


キャンプ場は整然と区画整理されたものであまり趣はなかったが、焚き火も楽しむことができてよかった。こちらのキャンプ場は駐車スペースとセットで、屋根のついたテーブルとベンチがついているものがほとんどだ。来ているのはほとんどが家族連れだった。みんなはバーベキューなどして楽しんでいたが、私はガスで沸かした水でアルファ米とみそ汁。おかずにスパムも買ったが、これは思ったよりも塩辛く、おかずには不向きだった。

星が見られるかと思ったが残念ながら曇天。ブライスがかなり寒かったので心配したが、ここは明け方もそれほど冷えることはなかった。