タッシリ・ナジェール壁画紀行 その10

キャンプを出てさらに南へ。

昨夜の雨であちこちに水たまりができている。サハラは全体に雨量が増えているということだ。連日雨が降って、日中水分がまた蒸発して雲が湧いて...という循環になっている感じだった。日本の夏?と見まがうような入道雲風の厚みのある雲も見た。植生なども変わってくるのかもしれない。

途中、ペニスばかりが彫られている岩があった。丸が二つついているので、「お、戦車の絵か?」と見間違う人もいたが、全部ペニスだった。いつごろのものなのか。彫られているので、それなりに時間がかかることを考えると、便所の落書きとはわけがちがう。

 

Tin Imgharenと呼ばれるエリアに入る。二頭立ての戦車の絵が複数ある。キリンの絵も。覆面をして腰を低くして踊るような、狩猟採集民時代の際晩期のものと共通点のある刻画もあった。サハラが再び砂漠になって、ラクダの時代になってからの絵はあまりバリエーションもないし、どこか紋切り型なので、皆あまり興味をもっていないのだが、ラクダの時代の絵の中に大きな肉食動物の絵がある。これと似た尾がら旋状に巻いている動物で、ライオンとされているものは昨年見たが、ラクダの時代にライオンはいなかったと思われるので、この動物の絵は時代が違うのだろうか。ちょっとフォルムはライオンぽくないが。

 

 

キャンプ地はTin Tekelt という名前だ。キリンの絵がある。

 

 

Tin Tekelt で最も興味深い壁画は狩猟採集民の時代、いわゆるラウンドヘッド時代とみられる、丸い頭の人たちが前かがみになって踊るような列が続くものだ。

 

 

この踊る人の列も面白いのだが、帰国後に細かく画像を見て、むしろその上の方に描かれた単独の人物像に興味が湧いてきた。上の方に一本の曲線がひかれ、この人はその上に乗っているように見える。これが地面を表しているとしたら、とても興味深い抽象化が行われていることになる。最初はこの線は大きな動物の絵の輪郭の一部ではないかと思ったが、他にこのラインと繋がる可能性のある線も見当たらなかった。

私たちは子どもの頃から、あたりまえのように地面を一本の線で表現するが、これは他の絵を見たり、誰かに促されて行っている。それぞれの子が独自に抽象化を行っているわけではない。

拡大して見ると人物の足はラインに沿っているようにも見える。もう一体、後ろに人物がいて、手をのばしているようにも見えるが、荒れていてよくわからない。

サハラのような環境だと地面を線として表現するというのは、すんなり出てくるものなのかもしれないが。

 

 

それと、行列の中にいるこの変なのはなんなのか。

 

 

夕方からOuan Mataという、少し北のエリアに足をのばした。ここにもとても興味深い絵が複数ある。

先ず、水を飲む牛が水面に写っているところを描いたのではと思われる絵。左に描かれた人物は狩猟採集民時代のものなので、関係ない。こういうタイプの絵は少なくとももうひとつあるようだが。

 

 

走る獣人も(画像補正で鮮明化)。後ろにいる何かに追いかけられているようにも見える。とても上手な絵。

 

 

アフロヘアの人もいる。かぶりものかもしれないが。

 

 

迫力ある牛の群の絵も見事だったが...

 

 

帰国してあらためて驚いたのはこの人物画。現場では小さな絵であまり気にならなかったが、この抽象化、省略された技法はすごい。男性の体に縞模様が描かれているものは多く、おそらくそれはボディ・ペインティングか刺青のようなものを表しているのだと思うが、この絵はそうしたものと一線を画す、絵の技法として波線だけで描いている。しかも、これだけ単純で、持ち物や髪形などの記号がほとんどないのに男女のカップルの絵だとわかる。あまり言及されることのない隠れた名作なのでは。

 

 

キャンプに戻る途中、また虹が出た。気になる雲もある。この日はテントを張る前に昨夜に水が流れた跡を見て、それを避けて場所を選んだ。