タッシリ・ナジェール壁画紀行 その13

幸い、寝て起きたら、かなり体調が良くなった。

朝食時、テントをたたんでいた英さんが「サソリだ!」と大きな声を上げる。見に行くと、大きな黒いサソリがクモをくわえている。砂のような色のサソリは前に見たが、こういう色の大きなものは初めて見る。皆で写真を撮って追いかけ回したので、気の毒に最後は岩壁をどんどんと上に上って、逃げていった。

クーンによると、サソリ除けのため、ハリネズミを家の周りで飼う人も多いのだそうだ。彼は昨夜、テントの回りを歩き回るハリネズミの足音(?)を聞いたのだと。

 

 

 

Ouan Benderを出て、Ouan Derbauenに向かう。昨年も訪れた場所だが、まだ見ていない場所があるというのも理由だが、要するに南に向かって、昨年のコースを逆に辿るようにして台地から降りることになる。

道は勾配のきつい岩場もあったので、ヘルムート、ガートルード夫妻もラクダではなく、徒歩で。

Ouan Derbauenでは、昨年も撮影したイヘーレン様式の大きなキャラバンの絵をもう一度撮影する。アンドラスがDStretchで良い効果を得るには、フラッシュをたいて、少し露出オーバーくらいの感じで撮るのがいいのだと。昨年彼が送ってきたDStretchの画像は私がやったものとくらべものにならないくらいディテールが良く出ていて、ちょっと驚いたのだ。撮り直したもので再度試みたが、やはり彼の写真ほどの成果は得られなかった。彼はペンタックスのカメラを使っているが、センサーの違いもあるのかもしれない。

 

 

この壁画、ごく一部かすかに色が残っているが、元は本当に緻密で素晴らしい仕上がりの絵だっただろう。もう少し状態良く残っていればと思わずにいられない。5000年も経っているのだから、仕方ないのだが。

 

何かと議論の多い壁画も再見。この絵の複製画を見たフラニ族出身の作家ハンパテ バーは、Tissoukaiの丸い幕と牛の絵同様、この絵もやはり、ロトリと呼ばれるフラニ族の伝統的な儀式と同じものを表してると言っている。牛のまわりにある細長いものの先端には動物の頭が描かれていて、これを神聖な蛇と見るのだが、壁画を前にして、蛇には見えないな〜、とか、この足がいっぱいあるようなのはムカデに見える、とか、皆思い思いに言うのだった。

 

 

この壁画のロート隊の模写は、現在複写を保管している自然史博物館にないが、かつて複製画の展覧会が世界を巡回したときには展示されていて、英さんが購入した1964年の日本のカタログの中に挟んであったチケットはまさにこの壁画の複製画だった。現在この複製画の所在はわからなくなっている。どこかに眠っているのだろう。

複製画を見ると、たしかに蛇のような姿の生き物がたくさん描かれていることがわかる。なんにしても、とても興味深い絵だ。

 

 

帰国後に複製画をあらためて見て気付いたが、私が撮影した範囲は十分ではなかった。肉眼では見えないし、DStretchでも出てこないかもしれないが、もっと広範囲に撮影するべきだった。こういうことは多々ある。

 

昨年訪れた場所でも、全く気付かなかった面白い壁画があった。ちょっとマンガ的なシチュエーションに見えるものだ。その場で見たときは、風呂上がりの女性がバスタオルの上から胸をおさえて、前を行く男達を追いかけているような感じに見えたが...。これはどういう状況を描いたものなんだろう。前を歩く二人は頭の部分が消えている。

 

 

Ouan Derbauenを出て、Tan Zumaitakに向かう。ここが私にとって今回最大の目的地だ。タッシリの壁画といえば、セファールの巨人かTan Zumaitakの壁画が紹介されるといってもいいほど、タッシリを代表する狩猟採集民時代の壁画なのだ。前回のツアーでも予定に組み込まれていたのだが、時間が無くなって、行かないことになった。未踏査のエリアを見ることが優先されたのだ。そのときは本当にがっかりした。

Tan Zumaitakの大きなシェルターの前に立ったのはもう5時近い夕暮れどきだった。やはり素晴らしくいい壁画だ。狩猟採集民時代のセファールの巨人などの素朴で力強いラインの絵も良いが、この壁画は繊細で、しかも描かれているものも面白い。そしてなにより、保存状態が圧倒的に良いのだ。翌日の午前中もここでたっぷり時間をとるという確約を得て、この日はざっと見て、おおまかに写真を撮るだけにとどめた。

 

 

このツアーは壁画を見ることに特化しているため、たくさん写真を撮る人が多いのだが、面白いのは、いちばん重装備で来ているマイケルが、限られた場所でしかシャッターをきらないことだ。彼は昨年のツアーでは私と同じD850を持ってきていたが、今年は出たばかりのZ8に乗り換えていた。そして、例によってZeizの単焦点のレンズを何本も、三脚はジッツォの重いものを持ってきている。そして、驚いたのは、今回ハッセルブラッドの中判カメラ(デジタル)を新調して持ってきていた。ボディだけで100万円超える。彼が持ってきているカメラとレンズ全部合わせると500万くらいするかもしれない。それなのに、あまり写真を撮らない。禁欲的なのか新しいもの好きなのかよくわからない。私のようにたくさん撮って後から選ぶ、という態度とは真逆だ。フィルムカメラでの経験が長く、そういう態度が染みついているのかもしれない。

ドイツ人のハンス・ペーターは小さなコンパクトカメラとライカの一眼のフィルムカメラを持ってきている。フジフィルムのポジフィルムが手に入りにくくなっていると、こちらもここ一番のところでしかライカは使わない。フィルムの入荷待ちのウェイティングリストに登録しているというので、「日本で買って送りましょうか?」というと、「いや....。私が何歳か知ってるか?(84です) もうそんなにたくさん写真を撮る時間は残されていないのだよ」と。私よりもずっとしっかり歩いているように見えるんだが。