インド 地上絵・壁画撮影行 その2

朝6時に宿に車が迎えに来た。

現地の旅行会社に手配してもらったものだ。高めな代金を少しでも安くしようと小型車にしようかと思ったが、途中で撮影に使う脚立を買うと伝えると、ワンボックスでないとそれは積めないと言われ、結局大きな車にせざるをえなくなった。それにしても6時とは。ラトナギリには8時間以上かかると言われていたけれど、7-8時でもいいのでは?

はじめは位置情報をたよりに一人で回らざるをえないかと思っていたので、運転手は英語が話せる人をお願いしたいと念をおした。現れたジテンドラ氏は40代後半くらいだろうか。英語が話せるとまではいえなかったが、最小限のことはやりとりできた。南へ250キロ以上移動することになる。

宿は朝食付きだったのだが、6時ではそうもいかない。それにしても、部屋を出てフロントに行くと、フロント前のソファや床に2人が毛布にくるまって寝ている。夜勤ということなんだろうけど、こういうのは初めてみた。同じ光景を他の宿でも見ることになる。

しばらく道を走って朝食を食べようということに。何を食べる?というので、よくわからないけど、軽いもの、と、街道沿いの食堂が並ぶ場所に入ると「サンドイッチ」の文字が。「サンドイッチでいいよ」というと、「サンドイッチね...」と言いつつ店に行き、「まだやってないって」と。

 


またしばらく道を走り、食堂が並ぶ場所に入り、「まだだって」と言いながら帰ってくる。ちょっと待って、中で食べてる人いるみたいだけど?というと、「サンドイッチはまだできない。●●とか××しかやってない」というので、サンドイッチじゃなくてもいいから、と、店に入ってみると、揚げパンみたいなやつとかいろいろ並んでいる。サモサ、の文字が。これは知ってる気がする。

サモサひとつ20ルピー(40円弱)。これはコンビニで肉まんを一つ買うくらいの感覚か。甘いチャイとサモサで朝食にする。おいしい。でも私にはやっぱりちょっと辛い。

 

 

地図で見たときはわからなかったが、道は山あいの標高の高いエリアに入っていく。ムンバイはかなり蒸し暑かったが、山間地は車から出ると肌寒い。

ジテンドラは前に車がいると必ずクラクションを激しく鳴らして追い越していく。どんなに道が細くてもだ。前方から車が来ていてもぎりぎりで追い越していく。時間はたっぷりあるのだから、そんなに無理せんでもと思うのだが、これはごくあたりまえの運転のようで、クラクションを鳴らすのも、自分の車が近づいていることを報せる意味もあるようにみえる。前を走っているトラックの後部に「警笛を鳴らせ」と書いてあったりするので。それにしても、始終ビービーやられると乗っている方もだんだん疲れてくる。インドでは車で静かな旅というのは無理なんだろうか。

 

 

昼食。インドは食堂が多い。

ジテンドラに「俺、辛いものが苦手なんだ」と言うと、これは辛くないと魚(サワラ)のフライとカレーに。付け合わせに生の紫タマネギがついてくるのが定番らしい。これに塩をかけてカリカリしながらカレーを食べる。全く詳しくなかったが、日本のインドカレー店で定番のナーンは南インドのものらしく、ここではチャパティという薄くのばして焼いたものが普通で、これに豆の粉を薄くのばしてぱりぱりに焼いたり揚げたりしたパーパドというものがつくことがある。そして普通は最後にライスも頼んで大皿の上に全部ぶちまけて手でまぜまぜして食べることに。この右手だけでうまく食べるのが初心者には難しい。

「難しいね」というと、「なんで? 自分の手でしょ?」と。そりゃそうだけどさ。

「全然辛くない」と言われたが、やっぱり辛いじゃないか。日本のカレーの辛口よりも少し辛いくらいだ。魚のフライも辛くなっている。

食後はすすめられるまま、ソルカディというココナッツミルクとコカムという酸味のある果実を混ぜたピンク色のジュースを。これにもクミンみたいなスパイスが入っている。ココナツミルクに酸味を足したようなかんじだ。私はこの段階ですでに、スパイスが入ってないものがほしい....という気分になっていた。

 

 

朝6時に出たため、少し時間に余裕ができ、ラトナギリへのルートに近い地上絵サイトにひとつ寄ろうかとういうことに。Niwaliというサイトがルートに一番近いのだが、ここは正確なポイントがわからなかった。Google Mapに投稿されていた写真と、Google Street Viewとを照合して、このへんだろうというポイントに印はつけておいた。インドは幹線道でなくてもGoogle Street Viewで見られる道が多く、ここも細い道だったが映像が見られたのだ。だが、それらしい場所にも見当たらない。道路沿いにあるはずなのだが...。

道行く人に尋ねても、そういうものは知らないと。これはよくあることだ。先史時代の遺跡などに地元の人はほとんど関心がないということは少なくない。スコットランドで見事に大きなCup and Ring markの壁面を探していたときも、近くにいた男性に尋ねたが、ずっとここに住んでるけど、そんなの聞いたことないと言っていた。南アの手形がたくさん押された洞窟も、「このへんに何度も来ている私が知らないということはそういうものは無いということだ」的なことを確信持って言われた。いずれもすぐ近くにあったのだが。

枝道がある。この細い道沿いにあるのかもしれないから入ってみよう、というと、ジテンドラが、うーん、と渋る。わかんないよ、明日以降ガイドと一緒に来た方がいいと。

こんなに近くに来てるのに、枝道にひとつ入るのも面倒くさいの? これは彼と二人きりの旅になっていたら、なかなか難しかったかもしれない。後でわかったことだが、この枝道にちょっと入ったところにあったのだ。

じゃ、少し遠い場所にもう少し場所がはっきりわかっている所があるけど、そっちにする? 往復1時間以上かかるけど、というと、その方がいいと。よくわからないところをうろうろするより、遠くまで運転する方がいいということか。よくわからない。

北上して、Dewood村にある地上絵を探しに。これははっきりと位置がわかっていた。道路沿いの遺跡の周囲に石の壁が作ってある。この石壁の上から見ると、絵の全体がよくわかる。全長5メートルほどもある大きなサイの絵がある。鹿、クジャクのようなフォルムの鳥、人の足型(指はない)、二頭の肉食動物らしきもの。片方は再訪したときにハイエナだと説明され、納得した。背の毛の逆立ち具合など、確かにそれらしい。

昨年のコロンビア行きで、Goproで360度動画を撮るために買った長い自撮り棒の先にレンタルしたソニーの高級コンデジをつけ、高い場所から撮影した。スマホでプレビューを見ながらリモート撮影できる。思った以上にうまくいった。これで脚立の上に乗ってやればかなりの高さが得られる。

 

 

この日はこのサイト見て終了。あとはラトナギリ市内に入って宿に行くだけだが、翌日からガイドをしてくれる地元の考古学者アプテ氏と連絡をとって打ち合わせをする必要がある。ジテンドラが電話をしてくれた。彼は「ホピス」にいるので、そこに行って話すことにすると。「ホピス」はどうもオフィスのことのようだった。

着いてみれば、そこはコンカン地方の地上絵のリサーチ・センターだった。そんなにしっかりした組織があったとは全く知らなかった。ルートウィッジ・アプテ氏と、コンカン地方の地上絵の記事やYouTubeでよくみかけていたセディール・リスブッドさん、若い考古学者ラグナート・ボキルさんが出迎えてくれた。昨年、政府の資金援助が決まり、設立されたのだという。コンカン地方の独特な地質的特徴を示したジオラマやパネル、同エリアで発見された打製石器などが展示されている。

驚いたのは、南北約170km、東西約25kmの細長いエリアに50を越える地上絵のサイトがあり、刻画の数は1000を越えるということだった。地名がネット上で紹介されているものを全部見られるかどうか考えていたが、そんなのはほんの一部でしかなかったのだ。

このエリアはラテライトという鉄分を多く含む硬い地層が深く、風化に強いため、四角く切り出してそのままレンガや舗石などの材料に使われている。ラテライトの岩盤の上は土壌がとても薄く、雨期には激しい雨で洗い流されてしまうため、畑(ほとんどないのだが)などはやはりラテライトの塀で土が失われないように囲われている。細かい穴がたくさん空いた岩で、この穴に細い草が茂っていて、この草が地表の刻画を保護する役割をもっていたとも考えられているという。打製石器以外の石器や土器片や、埋葬跡などの考古学的遺物は全く出てこないのは、雨期に海へと流されたものが多いこともあるのかもしれない。

 


翌日から私は若い考古学者のラグナートくんを案内人に遺跡を回ることになった。

この日の宿は最初は町からかなり離れた海岸沿いのホテルを用意すると言われていたが、ずっと町から離れた所にいるのも面白くなかろうと、町中にあるものに換えてもらった。

ジテンドラが「ここはいい宿だぞ。料理が旨いぞ。エビがおいしい。エビ料理にしないか。」というので、「いや、晩ご飯は特にいらないんだ。普段もあまり食べないんだ」というと、びっくりして、「食べない? なんで? 何か食べた方がいいだろ」と。

ツアー代節約のためもあり、「ディナー」とか無くていいと断ったのだ。だいたい外国で「ディナー」とかいうと量が多くてしんどい。私としては辛いもので疲れてきたこともあり、屋台で果物を買って食べて、あとはビールがあれば十分なのだが、彼はそんなのダメだと力説。

仕方ないのでオムレツを頼んだら、これがやはり青唐辛子を刻んだものが入っていてピリピリするのだった。

すぐ近くで屋外でライブ演奏をしていてすさまじい音響だった。インド音楽とヒップホップが混じったような感じ。今日は何か特別な日だったんだろうか。