タッシリ・ナジェール壁画紀行 その16

グループと別れて、この日は英さんと日帰りツアーに出る。タッシリ・ナジェールで行きたいと思っていた場所はだいたい行けたのだが、周辺にはまだまだ見たい場所があった。特にTin Taghirtの刻画はこの地域を代表するものの一つなのだが、アンドラスのツアーの後半に組み込まれていることが多く、未だ行けていなかった。いつか見たいと思っているとTwitterに書いたところ、それを見た英さんから一緒に行きましょうか、とお誘いが。ジャーネットはからかなり遠いと思っていたが、200キロほどで、日帰りで十分行けると。これは嬉しかった。

朝日が水平な岩盤に彫られた刻画を横から照らす時間がベストなので、6時過ぎに出発する。運転手とコックのムハマッドが同行してくれた。

Tin Taghirtは比較的幹線道の近くにあり、アクセスは容易だった。受付があり、ガイドとともに靴を抜いで岩盤の上に上がるようになっている。かなりの数の刻画がある。タッチや技法を見た印象では、いくつかの異なる時に彫られたもので、巧拙の差も大きい。

 

 

一番有名なのは牛の刻画だが、ほぼ実物大の牛が渦巻き模様などとともに彫り込まれている。すばらしい。魔術的といっていい美しさがある。深く彫られた刻画だが、有名なジャーネット近くの「泣く牛」とも違うタッチだ。似たものはもっと北にあるDjoratにもあり、門田修さんの写真集に渦巻きとサイの刻画の組み合わせが掲載されている。

 

 

この渦や紐をねじったような形にはどういう意味があるのだろう。広い壁面に様々な動物の刻画があるが、この様式はこの牛の絵にかぎられている。

「眠るアンテロープ」も有名な刻画だ。1000ディナール紙幣にもこの絵が使われている。タッチからして、これも牛と同時代のもののように見える。

 

 

他にも、キリン、象、サイ、ダチョウ、ウサギ、人間、人間のサンダルの足跡など、様々な刻画がある。判別しにくいものもあるが、これほど多くの刻画が集中している場所も珍しい。

 

 

さらに北西に進み、Tikadiouineへ向かう。これについては、実はスケジュールに入っていることがわかっておらず、到着してはじめてこの壁画の場所かと驚いたのだった。

そもそもタッシリ周辺のGoogle Mapにもネットの情報にも、どの壁画がどこにあるかなど、ほとんどマークされていない。位置関係がよくわからないのだ。

 

 

Tikadiouineはイヘーレン様式の壁画で、保存状態もこれまで見た同時代のものとは比べものにならないほど良い。直射日光があたらない天井に描かれているが、光があたらない場所というわけでもないのに、なぜそこまで状態良く残っているのか不思議だ。

これまで見たイヘーレン様式の絵は、牛の群れと牛に乗って移動する女性たちが多かった。それか、ライオン狩りの場面か。ここに描かれているのは、男達が動物の肉をさばいているらしき場面だ。長い刃物をつかって肉をそぎ落としているように見える。

 

 

壁画の撮影を終えて、車に乗ろうとすると、ムハマッドが「あそこにムフロン(バーバリシープ)がいる」と。遠くの岩山の方を指さす。指さす方向を見てもわからない。

「どこ?」

「ほらあそこだよ」

彼が指を向けている先にカメラの120ミリのレンズを向けるがそれでもよくわからなかった。

帰国後に拡大して、ようやく理解した。驚くべき視力だ。いや、形をはっきりと視認しているというより、どういう場所にどういう動く形があるかで、それが何かを認識しているのだろう。「見る力」は環境に培われた力なのだろう。

少し移動して、やはり壁画のある小さなシェルターの蔭で昼食をとった。ムハマッドがつくってくれた、ジャガイモとツナとトマトをビネガーであえたものだ。おいしい。昨日までのカサカサの食事とは雲泥の差だ。私は旅先でおいしいものを食べたいとか、あまり思わないタイプなのだが、二週間のカサカサ・ドロドロを経た後では、料理ってすばらしい...と実感するのだった。

 

 

アルジェリア来るのは三度目だが、あまり町を歩く機会がなかった。町に、マーケットに寄ってほしいと頼むとアーケードの前に駐車した。中に入ると、衣料品や土産物や化粧品などに特化したマーケットだった。食料品が売っている所が見てみたかったのだが──。それにしても活気というものが全くないマーケットだ。英さんと値段交渉をしたが、あまり値引きもしないし、売れても売れなくてもいい、といった感じだ。トゥアレグのクロスを買った。決して安くなかった。チュニジアで買ったときの倍以上しただろうか。日本の通貨価値がさがっているからなのか、ここ二〇年ほどで世界の物価がそうなってきたのか...。

 


宿に戻り、荷造りをする。アルジェに飛ぶ便は夜2時15分発だ。ただでさえ遅くところにもってきて、なぜか出発が1時間以上遅れた。特に説明も無し。

3回目のアルジェリア行きが終わった。サハラにはリビア、エジプト西部、ニジェール、チャドと、他にも壁画の多い場所が多くあるのだが、今、どこの場所も訪れるのが難しくなっている。チャドは行けると思っていたが、つい最近観光客が襲われる事件があるなど、治安も悪くなっているようだ。ニジェールもクーデター後の話が全く聞こえてこない。いつか行く機会はあるだろうか。